2007年08月29日

隠れ家的ワークショップ


9月から、「セラフィ・ワークショップ」を始めることにしました。
毎月、第2金曜日、2月までの全6回です。
時間は、10:00〜12:30まで。

継続でも、1回のみでも、大丈夫です。
お友達と一緒でも、お一人での参加でも大丈夫ですぴかぴか(新しい)

目的は「潤いのある日々を手に入れること」
ちょっと抽象的ですね。潤いって、沢山のお水でなくてもいいんです。
ほんの少し、いつもより数滴余分に何かがあれがいいと思いませんか?

なにも特別なことではないけれど、日常の中で、ほんの少し心の持ち方のコツを掴む。
日常とは違う空間と時間を楽しむ。
普段体験できないことをする。

そんな少しのお手伝いをできたらいいなあ、と願い、いろいろな企画を考えています。

毎回共通のスタイルは、30分ほどの心理学に関する講義と、ワーク、そして、ケーキタイム喫茶店

堅苦しく考えずにどなたでも参加できるワークショップです。

お申込み&詳細は、ホームページのトップから、ワークショップのご案内または心理学講座のご案内のページをご覧ください。



第1回(9月14日)のテーマは「しぐさで伝えるメッセージ」です。

みなさん、毎日のように鏡を見ると思いますが、その時の自分と、人と話している時の自分と、実は随分違って見られていることにお気づきでしょうか?

鏡に向かって自分を意識している自分の顔はわかっていても、誰かとコミュニケーションをとっている時の自分は、どんなふうに見えているかわからない人が多いのではないでしょうか。

「人と話すのが苦手」という方は、「何を話したらいいかわからない」ということで頭がいっぱいになってしまうことが多いようです。
あるいは、どうしたらもっと上手に話せるかな、と思っている方も多いようです。

そんな方には、おすすめのワークショップですドコモ提供

それほど特別なことをしなくても、普段しているしぐさが、他人に与えている印象や影響は結構大きいもの。
逆にいうと、少し気をつけるだけで、印象も変わってくるのです。

この機会に楽しみながら、コミュニケーションのコツの第一歩、一緒に勉強してみませんか?



場所は大通りのリリオさんの特別会議室をお借りしました。
沢山の方が来てくださると嬉しいのですが、実は席数はあまり多くありません。
参加者の方と講師がより近い距離でコミュニケーションがとれるように、そして、初めて会う参加者の方同士がうちとけられるように…そんな隠れ家的ワークショップになる予定です。

時間の設定については、悩みましたが、カウンセリング業務との兼ね合いもあり今回は平日午前としました。
もし、参加を希望される方で、ご都合のつかない方は、今後、検討したいと思いますので、メールをいただけると嬉しいです。



講師には、私佐藤のほか、新スタッフに迎えた田口由香カウンセラーも毎回出席します。
セラピストとしてさまざまな分野を得意としているので、幅広い内容をご提供できると思います。



カウンセリングマインドを活かしつつ、1対1のカウンセリングとは少し違った角度から、みなさまの生活に潤いをもたらすことができるようがんばりますドコモ提供
ご参加お待ちしておりますかわいい



posted by サトウマリコ at 23:19| Comment(0) | ココロ

2007年08月23日

変わること・変わらないこと


私はどちらかというと常に何か熱中するものを持っていたいタイプのようです。
突然なにを…という感じですがたらーっ(汗)

以前は、その熱中するものが複数あったりして、時間のやりくりや体力的な面が大変だったのだなあ、と今となっては思います。
今は、ほとんどが仕事中心の生活ですが、これに趣味などが加わったらもたないだろうなあ。。と思うのです。

先日仲間内の集まりがあって、その時に、ひとりの方が「どんなに忙しくても映画を見るようにしている。そうすると贅沢な時間を持てたという気がするから」と話していたのを聞いて、妙に納得しました。

何かに熱中していると、それ以外の息抜きをまるで罪悪のように感じてしまうのが、自分のよくない癖かもしれません。

今までもたまには、お芝居を見に行ったり映画を見に行ったりしていましたが、またちょこちょこ行ってみようと思います。


それにしても、振り返ってみると人って変われるものだなあ、とあらためて感じました。
もちろん変わらない部分も沢山ありますが、仕事のやり方、人とのつきあい方、嗜好、考え方、いろんな面で以前とは違う自分がいます。これから先もまた変わるのかもしれませんが。変えようと意識した部分もあれば、自然の成り行きで変化したこともあります。

カウンセリングルームを訪れてくださる方は、ほとんどといっていいほど「変わりたい」と思っている方です。
でも、「どんなふうに」変わりたいのかはっきりしていなかったり、「どうしたら」変われるのかがわからないという状態だったりします。

カウンセリングを受けたからといって、すぐに答えがでるわけではありません。
もしかすると、カウンセリングとは関係のないところで、答えが見つかるかもしれません。
もしそうだとしても、答えを見つけるのはその人にしかできないことだから、私は「よかったな〜」と思います。

答えがなかなか見つからなくて、もどかしくなることもあるかもしれません。でも、私には答えを出すのではなく、一緒に悩むこと、答えを出すお手伝いをすることしかできません。
悩むことも、その人が必要としている時間だと思うので。

時に私自身も悩むことがありますが、それでも「人は変わる」ということを実感をもって信じているからこの仕事ができるのだと思います。
そして、嬉しい変化をお聞きした時には、人間ってすごい!!と叫びたくなるような気持ちになるのです。

考えてみると、人に対する熱い気持ちは昔から変わらないのかもしれません。
posted by サトウマリコ at 21:46| Comment(0) | ココロ

2007年07月18日

無意識

普段、確かに自分はそう感じている、といった感覚をもたずにいる精神活動のことを無意識と呼ぶそうです。

ある日、頭の中に心地よいメロディーが浮かびました。
周りに誰もいなかったので、軽くハミングしてみると、なかなかいいんじゃない?という感じがします。

あまりにも鮮明に、ふっとメロディーが浮かんだので自分でもびっくり。
作曲家ってこんな気持ち??と思いながら、いつか機会があればちゃんと曲にできるかも。。と思い、何を思ったかハミングをテープに収めてしまいました。
こんなこと、めったにないしぴかぴか(新しい)

ところで、無意識の領域は、意識化されている部分より何倍も広いらしいです。
押し込めてしまった感情だとか、ある行動の裏に本当の目的が隠されていたり、とかよく考えると思い当たることがあっても、普段はその存在に気づかないのが無意識。
気をつけてみないと、なかなか普段その存在に触れることはありません。

仕事上、着目することが多いですが、自分のことはわかりづらいもの。
ところが、先日、自分の車に乗ってみてびっくり。
あの、自分の中から湧き出てきたと思ったメロディーがCDから流れてきましたがく〜(落胆した顔)
驚いたのは、結構激しいリズムで太い声の男性ボーカルの歌とは関係なく、低い音でひっそりながれるサブメロディーだったのです。
買ったばかりでまだ数回しか聞いていなかったし、まったくそこの部分を意識したこともありませんでした。
これがまだ、メインのメロディーだったらそれでも頷けるのですが。。

いずれにしても、、隠れた才能が見つかったわけではなかったことが判明したのでした。

覚えようと思っても覚えられなかったり、覚えても忘れてしまうことは沢山あるのに、まったく意識もしていなかったのに覚えているなんて…不思議です目
posted by サトウマリコ at 10:40| Comment(0) | ココロ

2007年07月10日

からだのことば

0710kage.jpg
セッションの中でリラクセーションをする時に、割合気に入っているフレーズがあります。

(そもそもリラクセーションというのは何かというと、クライエントさんが体の力を抜いて楽な状態になるようカウンセラーが誘導するものです。。)

「肩の上に乗っている重い荷物を、少しの間脇に降ろしてください」

と言うと、「ふうっと肩が軽くなった」という方、「どんなに重いものを乗せていたか気がつきました」という方がいらっしゃいます。

この仕事をするまでは「肩の荷を降ろす」なんて単なる比喩だと思っていたのに、なかなかどうして、体はかなり表現上手なものです。

「はらわたが煮えくり返る」ほど怒っている時、本当にお腹のあたりに力が入っていませんか?
「胸がむかむかする」ほど嫌だな〜と思っている時、本当に胸のあたりがむかついたり吐き気を感じたりという経験はありませんか?

もちろんそんなこと無いという方もいらっしゃると思います。
私がお会いした中では、「頭にきた」「悲しい」などという感情をあまり口に出さない方のほうが、体に何かしらの症状が現れることが多いようでした。

先日知人と話をしていた時のことです。その知人はどうやら最近いろんな身体症状で困っているようです。お医者様にも「心因性」だと言われたとのこと。
何が困っているのかな、と思いながらいろいろと話を聞いていきました。そうすると、出来事については話してくれるのですが、私が一番聞きたい「気持ち」についての言葉はほとんどでてきません。
私のほうがしびれを切らして、こんな気持ち?なんて聞いてみましたが、それでもぴんとこない様子です。

もしかして、自分の気持ちになかなか気がつくことができないでいるから、体が一生懸命サインを送っているのかな。。と人のことながら物言わぬ体がいじらしく思えてきました。

そういう私自身も、わりと体からサインが送られてくるほうです。
気をつけて観察するようになって、「緊張した時は、こんな症状」とか「たいくつな時は、こんな症状」などということがわかってきました。
面白いことに、悩みごとがなくて暇な時でも、それはそれで過剰に体がおしゃべりになったりするんです。

それに気がついてからは、あまり症状にとらわれなくなったような気がします。

普段見過ごしがちな「からだのことば」に気をつけて耳を傾けてみると、いろいろと発見があるかもしれませんね。
体が知らせてくれた「気持ち」に気づくだけでも大分楽になれることがあるようです。

リラクセーションの時も、肩の重い荷物が、何かに対する「責任感」や「義務感」だと気づいたことで楽になれるようですドコモ提供

posted by サトウマリコ at 17:50| Comment(0) | ココロ

2007年06月05日

心理学講座(感想)

心理学講座の感想の続きです。



全5回のべ10時間にわたり、心理学の概要から交流分析、性格の構造、症状、各種心理療法の概要と多岐にわたり学んだわけですが、非常に内容の濃い、よい(充実した)講座だったと思います。
特に交流分析では、概要から脚本分析まで、ひとつ掘り下げた内容になっており、ストレス社会と言われ久しいこの世の中で、人間の交流(やりとり)を見つめることは、自分の心を救う意味でも、非常に良い内容でした。
人は傷つきやすい生きものです。ただ「傷つくことで何かを学ぶのだ。」という自己啓発的な最近の流れに私は常々補足したいと思っていました。
それは「傷つかない」ということです。
人との相性の悪さ、世の中の辛くて悲しい出来事や様々なことに対して人は胸を痛めることも多々あるでしょう。
が、自分を尊重し、客観的に見つめる目を持ち、傷つかないようにするということも、大事ではないだろうかと私は思っていました。
その部分で、この講座は私にとってとてもベストマッチでした。
講座で学んだことを「傷つなかい」方法、言い方をかえればまわりと仲良くやっていく方法の一つとしてこれから是非役立てていきたいと思います。



カウンセリングにいらっしゃるクライエントさんもそうですし、講座を受講される方もそもそも参加しようとした時点でモチベーションが高いのだと思います。
感想を読みかえしてみてあらためてそのことを感じています。
私がお話しさせていただいたことを、何倍にも膨らませて吸収してくださっている、そんな感じがしました。

キーワードはひとつでも、一人ひとりがそれを普段の生活に生かして、それで周りの人も幸せになっていけば、どんどん幸福の連鎖が広がっていきます。
「幸せ」という言葉の意味は、百人いれば百通りあっていいと思います。
講義の内容をどんなふうに感じ、どんなふうに生かしていくかも自分次第。

きっと受講生の皆さんはいつかお会いしたときに良い「近況報告」をしてくださると思っていますドコモポイント

手前みそですが、自分も20代の頃にこんな講座を受けていれば、何かが違ったかもしれない。。と思います。
でも逆に30代で学べてラッキーだったかも、とも思います。

なので、これからは「お伝えする」側として、沢山の機会を持っていきたいですかわいい
posted by サトウマリコ at 10:33| Comment(0) | ココロ

2007年05月17日

家族と文化

ある方の紹介で、昨夜落語を見に行ってきました。
桂三枝さんの弟子で、桂三若(かつらさんじゃく)さんという若手の落語家さんが、一人で1年間かけて全国の都道府県をバイクで回るという武者修行落語行脚にでているというのです。
盛岡での開催も急遽決まったとか。会場は北山の専立寺というお寺さんの奥座敷。ほどよい距離感のアットホームな落語会でしたドコモ提供

以前新宿の寄席に一度行ったことがあり、今回は二度目の生落語体験でした。
しかも最前列という贅沢な席ですぴかぴか(新しい)
実は早めに会場に着きすぎて、始まるまで「お腹すいたねえ。。」なんて話しながら、そして周りの人たちもぼそぼそと小声で話しながら静かに待っていたのですが、三若さんが登場して空気が一変。
大きな声と淀みない喋り、そして何がなんだかわからなくても笑ってしまいそうになる笑いのオーラを纏っているような雰囲気に圧倒されてしまいました。

最後に素晴らしい古典落語を披露してくださったのですが、その前の素のトークも笑いの渦が耐えませんでした。
「笑いは健康にいい」というキャッチフレーズをはさみながら、とにかく笑わせてくれます。

前日に盛岡入りしたそうですが、買い物をした店の店員さんに「どちらからお越しですか?」と訊かれ(からかったろ)と思いながら思い切り大阪弁で「東京の銀座からきました」(←ほんとは大阪弁・ちゃんと思いだせません)と答えたそうですが、最後まで店員さんはにこにこしながら「そうですか〜」と、ツッコミを入れてくれなかったのを嘆いていました。
「こちらには、ボケツッコミという文化がないんですかね」と笑っていましたが、会場のお客さまは、そうそう、と頷いていました。

石川啄木の歌に「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」というのがありますが、この盛岡で大阪弁を聞いてそれだけで喜ぶ人もいるんだろうな、と思いました。

落語もしっかり堪能させてもらいましたが、あらためて東北と関西の文化の違いを感じたように思います。
先日訪れた遠野で、民話のふるさとという雰囲気を味わったばかりだからか、いっそうあの賑やかな雰囲気は東北にはないように感じます。
でも、その「違い」がまた新鮮で楽しいものです。


最近、仕事をしていて、「家族」について考えることが多くなりました。
たとえば誰かに症状があったり、自分の性格のことで悩んでいたり、ということがありますね。
そんな時、いろいろたどっていくと、実は子供だけの問題だと思っていたものが、両親の精神状態も大きく関係していたり、わかっていても直せない考え方の癖が子供の頃の親との関係に起因していたり、ということがあります。
そうすると、今度は夫婦の関係、というものに行き着いたりするわけです。

夫婦って、それこそ文化の融合ではないかと思います。
それぞれの家族という、ある意味閉鎖的な独特の文化や風土の中で、自分独自の考え方ややり方を身につけているので、同じ目標を持っていたとしても全然違うことをしたりするんですね。
その時に、頭から「それはおかしい!」と思い込んでしまうとなかなか融けこんでいきません。

なんでそんなことするの?と思ったら、疑問に思ったことを相手に訊かなければ、そもそも何故怒っているのかさえ相手にはわからないでしょう。どんどん誤解や思い込みが膨らんでしまうことが多いような気がします。
知る努力、知ってもらう努力をしなければ、文化は融けこまないし、二人の考え方をミックスしてそこの家の新しい文化をつくっていけばいいのではないかと思います。

相手のことが理解できないと、思わず怒りがわいてくる場合もあるかもしれません。関西には関西の笑いの文化が発達したように、東北には東北の文化が発達したわけがあります。歴史をひもとくような気持ちで、少し余裕を持って相手がそうしている背景を想像してみてはどうでしょう。

その上で、同じように自分自身の背景も大事にしながら、共有できるものを増やしていくことがひとつの秘訣ではないかと思います。
共有できる時間をもつこと、共有できる夢、場所、趣味、想い、そんなものが多いほど、文化は融けこんでいくのではないでしょうか。

posted by サトウマリコ at 10:51| Comment(0) | ココロ

2007年05月10日

芳香浴準備しました

aroma.jpg

少しずつホームページをリニューアルする作業を進めているのですがたらーっ(汗)

前回宣言してからもしかすると2カ月コースですね。。
あまり何度もイメージチェンジをするのはよくないと思うので、今回模様替えしたらしばらくはそのままで行こう…と思うと、完璧を目指してしまって予想以上に時間がかかっています。

完璧、といったところで、あくまでも自分的には、という意味ですが。。

リニューアルに合わせてカウンセリングで体験できるメニューも増やしましたのでその準備もしています。
これからちょっとずつご紹介していく予定です。

今日はその第一弾です。
これまでは私の好みでエッセンシャルオイルを使っていましたが、カウンセリングルームにいらした方に選んでいただけるよう、小瓶ですが種類を多めに準備しました。なるべく別の系統の香りを選んだつもりです。

アロマテラピーは大分定着してきたように思いますが、もっと普段使いで利用できるとよいと思います。最近は小さなサイズでお手ごろ価格のものが出回っていますし、わざわざ道具を揃えなくても、カップにそそいだお湯に数滴たらして香りを楽しんだり、ティッシュやハンカチに染み込ませて枕元に置く、という方法もあります。

自分では何種類も買う機会がない、という方はぜひ、カウンセリングの時にリクエストしてください。香りは気分にも影響があるようです。
香りはないほうがいい、という方ももちろん遠慮なくお伝えくださいね。

カウンセリングは正直癒される場面ばかりとは限りません。
自分自身と向き合うこと、時に過去の記憶を甦らせることはつらいこともあるかもしれません。

それでもその場所が心地よく居られる場所であるように、工夫していきたいと思います。
posted by サトウマリコ at 00:17| Comment(0) | ココロ

2007年04月27日

自己開示

0427sakurani.jpg

昨日今日と風が強いです。でも週末には回復してお花見日和になるとか。
そうです。盛岡は今が桜の季節なのですドコモ提供

昨日、公会堂で開催しているセラフィ心理学講座に向かう途中、駐車場のわきの桜が見事に咲いていて、やっと盛岡にも桜の季節がやってきたことを知りました。


今回の講座の内容は、テーマは心理学なのですが、少人数なのを利用して、テキストの内容だけではなく、ディスカッションを通した自己成長も狙いとしています。
どんな気づきがあるかは、多分お一人おひとり違うのだと思います。

そんな私も、講義をする側ではありますが、ひそかに自己成長中。
みなさんとの約束で、講義中「自己開示」を意識していくことになりました。
もちろん、なんでもかんでもさらけ出せばいいというものではありません。
自分が、これはちょっと勇気を出して他の人に発表してもいいかも、という小さなことでいいんです。

自分の弱いところ、恥ずかしいところ、見せたくないところというのは、隠そうとすればするほど、自分が苦しくなってしまうことがあります。
だってそのままの自分を隠して、別の自分を見せようとするのですから、気をつかいまくってしまいますよね。

ありのままの自分を発表してしまうと楽になりますドコモ提供

普段の生活でも、いろんな場面で同じようなことがいえそうです。
最近定着してきた行政の情報開示などもそれに通じるところがあるのではないでしょうか。まずいことを隠すのではなく、できないものはできない、ないものはない、と最初からわかっているところから本当に議論ができるのですから。

……なんだか脱線してしまいました。

私自身、「こんなこと話しても他人は面白くないだろうな〜」と思って、人に話さないことも多いのですが、講義の時は、いつもよりちょっとだけ自己開示の部分を多くしています。
そのほうが学べることが多いみたい。あらためて実感しています。


さて、昨日も深まりつつも楽しい講義を終え、帰りに石割桜の前に寄ってみました。人だかりができていて見ごろなのが遠くからでもわかったのでドコモ提供

少し見づらいかもしれませんが、大きな岩を割ったように生えている桜です。
強さと優しさ、おおらかさを合わせ持った美しい姿でした
posted by サトウマリコ at 15:51| Comment(0) | ココロ

2007年04月20日

はじまり

0420suisen.jpg
東北にも桜前線が上昇してきましたかわいい
盛岡で満開になる日も近づいています。関西あたりとは約1カ月の差があるようです。日本は長い目

道を歩いていても、家々の庭や街路樹などの花が咲き始めて目を楽しませてくれるようになりました。ふわりと道路まで香りが漂っていることもありますね。

そんな芽吹きの季節の中、新しい環境に馴染んできたという方、新しい習い事を始めたという方、いろんな意味でスタートあるいは再スタートを切られた方も多いのではないでしょうか。

もしそれが自分にとって大事なスタートなら、心地の良い緊張感を味わっているかもしれませんね。その気持ちを忘れないようにしたいものです。

春はそんな浮き浮きとしたイメージを持つ季節かもしれませんが、なかにはとても浮き浮きなどしていられない、という状況もあるかもしれないですね。そんな時は、逆に街の様子が自分の気持ちとはかけ離れたものに感じることもあると思います。

季節に合わせて誰もが一斉に春の心持ちを味わうことはできないかもしれませんが、それでも心の状態にも必ず変化があると思います。今はきつくても、どん底と感じても、変化は必ずあるのだと。



今週は、心理学講座の一週目でした。
少人数ですが、逆にそれを生かして講義プラスαの内容でのスタートとなりました。
回を重ねるごとに深まっていきそうな予感がしますドコモ提供
受講者の方々と一緒にスタッフも「講座が終わった時にはどうなっていたいか」という目標を設定しました。
それぞれが、講座が終わった時にどれだけ最初に描いた目標に近づいていられるか、どんなふうに変化しているか、楽しみですぴかぴか(新しい)
posted by サトウマリコ at 10:31| Comment(0) | ココロ

2007年04月11日

レッテル

最近はご無沙汰していますが、一時日本酒の勉強に凝ったことがありましたドコモ提供
勉強というとちょっと仰々しいですが。。

ワインがブームになった頃って、ラベルを読めたらかっこいいな、と思いませんでしたか?
私もほんの少しチャレンジしたことがありました。かっこよさというより、美味しいワインを偶然ではなくて、きちんと覚えられたらいいな、と思ったので。でも、覚えることが沢山あって、さらにいろんな国の言葉で……深入りする前に諦めてしまいましたふらふら

その点、日本酒の場合は、日本語で書かれています。まずは自分の国のお酒から、、というわけでもないのですが、知らない日本酒の瓶を手に取るとまずは、レッテルをじっくり見ます。
題字も味わい深いものが多いですが、そこに書かれているデータからいろんなことがわかるのです。

……と、今日はお酒の話ではなく、「レッテル」の話をしたかったのでしたあせあせ(飛び散る汗)
(なぜワインはラベルで、日本酒はレッテルなのか……厳密に区別しているわけではないようですが、そう呼ぶことが多いようです。理由はよくわかりません。。)

新年度、新学期が始まって、新しい出会いを迎えた方も多いと思います。
迎える方も、迎えられる方も、身近な人なであればあるほど相手がどんな人なのか気になるところではないでしょうか。

相手の人柄が自分の仕事にどんな影響があるか、とか、友達として楽しくつきあえるか、とか、いろんな理由があると思います。
ところで、その「どんな人」というのは、どのようなことをもとに判断していくのでしょうか?

多分無意識だとは思うのですが、最初は、服装や髪型の外見からイメージを持って、それからちょっとしたしぐさや言葉などから少しずつ相手のことを知っていくのではないでしょうか。あるいは、他の人がその人をどう思っているか、という話に影響を受けるかもしれませんね。
そして、もしかすると、あなたはその人と一緒に組んで仕事をしたり、活動をしたりすることになるかもしれません。そうすると、もっと相手のいろんなことを知ることができるでしょう。

いずれにしろ、どこかの時点で、この人は「こんな人」という評価が自分の中で落ち着くようになるかもしれません。
ふとした会話の中で「誰々さんは、とっても○○な人なのよ」なんて口に出して、あらためて自分がそう思っていることに気がつくかも。

そうやって周りの人を見回してみると、結構自分の中で、この人はこんな人、と決めつけていたりすることがないでしょうか。

優しい人。恐い人。ひどい人。面白い人。変わった人。すごい人。強い人。つまらない人。素敵な人……というようにいろんな感じ方があると思います。
もちろん、「自分にとって」その人をどう感じるか、という感情は当然あるわけです。

そこで、話は日本酒に戻りますが、同じレッテルが貼ってある瓶はいくつもあります。けれども美味しいといわれる有名なレッテルが貼られていたとしても、ちょっと温度管理を間違えただけで、まるで違う味になってしまいます。
さらに同一の瓶だとしても、それを今飲むか、半年先、一年先に飲むかで味は違ってきます。それは、お酒が時間とともに変化するからです。
そしてもうひとつ。少し次元が違う話ですが、自分がどんな気持ちでそれを飲むか、も感じ方に大きく影響しているかもしれないと私は思います。

人の場合はどうでしょう。
同じ人でも、自分と話す時のAさんと、他の人と話す時のAさんは、まるで違った面を見せるかもしれません。
今日優しいと感じたAさんは半年後には厳しい人と感じるかもしれません。
あるいは……今日「ダメな子」と思ったあの子がいつか「素晴らしい子」に変わるかもしれません。
そして、自分自身の心の持ち方が、相手への評価を違うものにするかもしれません。

いずれにせよ、その人の名前は変わらないけれど、自分の感じ方は変わる可能性がある、ということは確かなわけです。

そうすると、もし誰かに対してレッテルを貼るなら、「○○さん」という名前だけにしてほしいな、と思うのです。レッテルって、そうそう簡単に貼りかえられるものではないですから。。
それ以外の気持ちは、いつの日か変わる可能性を秘めているということを心の片隅に置きながら、感じていてほしいのです。

そして最後に。自分自身に対しても、同じことが言えるということを忘れないようにしたいものです。



来週から心理学講座が始まります。
基本的には、講義が中心です。が、、少人数でアットホームな形で進めることになると思います。
私が学んで「良かったな」と思える交流分析を中心にお伝えしたいと思っています。一見わかりやすく入りやすいものですが、自分自身や他人とのコミュニケーションを知るための非常に大事な手掛りになるものです。
ぎりぎりまで間に合いますので、検討中の方は気兼ねなくお問い合わせくださいドコモ提供

いろんな人、いろんなこととの「新しい出会い」が皆様にありますように。
私も楽しみにしています。









posted by サトウマリコ at 12:28| Comment(0) | ココロ

2007年03月27日

ヒーロー

0325hiro.jpg

郊外のショッピングセンターに行った時、偶然、ウルトラマンに会いましたドコモ提供ウルトラマンたちはショーではなく、撮影&握手会のためにやってきたようです。(写真のウルトラマンがうなだれているのは、小さな子供と握手をしているためです)

ウルトラマンたちの立ち姿がカッコよくて、しばし足を止めて見入ってしまいました。胸を張って、ポーズをとるとさすがに決まっています。
テレビで見るよりも、こうして近くにいると頼りがいがありそうな感じがして、私の心に「ヒーロー」という言葉が浮かびました。

私自身はテレビのキャラクターにしろ、実在の人物にしろ、あまり「ヒーロー」に情熱的な想いを寄せたことはなかったように思います。
でも今日は、カッコいいウルトラマンを見ていて、困った時に任せておけば助けてくれるヒーローがいたらいいだろうなあ。。と実感しました。子供たちが憧れる気持ちもわかるような気がします。

でも、、と、その後で少し冷静に。
「困った時は必ず助けに来てくれる優しくて強い人」なんているかなあ。。
確かにそんな人がいたら嬉しいけど、もし実在したら、その本人ってどんな心理状態なんだろう。。
人間、「いつでも強い」はずなんて、ないからです。


ヒーロー的な役割というのは、その本人も注目を浴びるという喜びもあるし、周りの人も幸せになれるかもしれません。
でも、人より一歩も二歩も特別でなくてはならない、そのためには相当の頑張りを必要とする部分も実は多くあります。それを乗り越えられる人がヒーローになれるわけです。
その乗り越える原動力はなにか、というと、例えばそれは子供の頃の家族の中での立場に関係する場合もあるようです。

本人は無意識かもしれませんが、自分がヒーローになって光り輝くことで、家族みんなが幸せになれる、お父さんやお母さんが喜んでくれる、ということが原動力になっている場合があります。
そして、子供の頃の「家族の中でのスタンス」というのは、大人になってからも自分にとって馴染み深いものなので、変えるのが難しかったり、否応なしに変えられると、すごく不快に感じたりすることがあるようです。

そのヒーローの泣きどころは何かというと……。
「つらくてもつらいと言えない」
「誰かを頼ることができない」
うまくいってる時は良くても、うまくいかない時の対処がわからなくなってしまうのです。
ヒーローらしからぬ態度を取ることができなくなっていたりするんですね。

これは特にヒーロー的な役割に限ったことではないのですが、いつも誰かの前で弱みを見せずにいるとします。
そうすると、弱った時に素直に表現できなくなって、直接的でないおかしな表現になったりしてしまうんですね。

では、どうすればいいか…というと、まずは自分の感情を自分で素直に認められること。
そして、「素直に」自分の気持ちを相手に伝えることです。
なかなか実行に移せない、という方もいるかもしれませんが、新しい回路を作るような気持ちで、伝え方を工夫してみるのもよいかもしれません。
想像つかない〜という時は、誰か他の人の言い方を参考にするのもおススメです。

あるいは、逆に、身近にヒーロータイプの人がいたら……。
ほっとできる空間や雰囲気をさりげなく作ってあげるのもいいかもしれませんねドコモ提供
posted by サトウマリコ at 09:27| Comment(0) | ココロ

2007年03月13日

心理学講座のご案内

HPでも既にご案内しておりましたが、心理学講座を開催することになりました。
心理学やカウンセリングの技術を身近な生活に役立てていただけたら、という願いをこめ、“今できること”を目指し、連続講座を開きます。

当初、夜クラスのみの予定でしたが、ご要望にお応えして昼のクラスも設定しました。

「等身大の心理学講座」では、自分の心のあり方やコミュニケーションスキル、心理療法の概要を学んでいきます。
まずは自分が楽になる、そして身近な人のためになる、仕事の役に立つ…などいろいろな面でお役に立てるかと思います。

「等身大のカウンセリング講座」では、カウンセリングの技術を学んでいただきます。日常生活で役に立つ場面が思いのほか多いことに驚くかもしれません。

次回以降の開催については、様子を見ながら検討する予定です。
是非、この機会にご利用ください。
ご参加をお待ちしております。

心理学を学ぶとともに、参加者の皆様によき出会いがあることも楽しみにしておりますドコモ提供



セラフィ心理学基本講座A
「等身大の心理学講座〜日常生活に活かす心理学〜」
全5回(各2時間) 受講料 30,000円
定員 10名
場所 岩手県公会堂(←3月14日時点で場所が決定しました)
時期
(木曜昼コース) 4月19、26、5月10、17、24日 木曜日13:00〜15:00
(火曜夜コース)4月17、24、5月8、15、22日 火曜日19:00〜21:00
(当日急遽欠席された方には、補講あり。)
申込み期日4月13日(金)

<内容>
第1回
心理学概要、交流分析1
第2回
交流分析2
第3回
交流分析3
第4回
交流分析4
第5回
各種心理療法の概要、総復習


セラフィ心理学基本講座B
「等身大のカウンセリング講座〜日常生活に活かすカウンセリング技術〜」
※セラフィ心理学基本講座Aを修了した方のみ受講可
全5回(各2時間) 受講料 30,000円
定員 10名
場所 岩手県公会堂(←3月14日時点で場所が決定しました)
時期
(木曜昼コース)5月31日、6月7、14、21、28日 木曜日13:00〜15:00 
(火曜夜コース)5月29、6月5、12、19、26日 火曜日19:00〜21:00
(当日急遽欠席された方には、補講あり。)
申込み期日5月25日(金)

<内容>
第1回
カウンセリングの定義と目的、治療構造、カウンセラーとしての態度、カウンセラーの条件、演習1
第2回
自己開示、カウンセリングの流れ、演習2
第3回
カウンセリングの技法1、演習3
第4回
カウンセリングの技法2、演習4
第5回
カウンセリングの技法3、演習5、総復習

申込み方法
お名前、年齢、ご住所、連絡先(電話番号とメールアドレス)、簡単な受講目的を「メール」か「葉書」にてお知らせください。おって、入金方法などの詳細をお知らせします。
尚、上記の内容は多少調整することもございますので、ご了承ください。

(申込み、問い合わせ先)
盛岡ハートフルカウンセリング セラフィ
〒020-0183 盛岡市東山一丁目17−21パセオ東山303号
TEL 019−604−6210  
Mail seraph@seraphy-room.com
担当 佐藤
posted by サトウマリコ at 13:55| Comment(0) | ココロ

2007年03月09日

体験談募集

0309hana.jpg

カウンセラーになる前のことでしたが、ある時、気になる症状があって何時間もパソコンの画面を見続けていたことがありました。
そしていろんな方の個人のHPや公的なページを見たりして、自分の症状に近いとか当てはまることがあると、とりあえずほっとして、「自分だけじゃないんだな」「他の人はどうなのかな」「どうすればいいのかな」と文章を追ったものです。

一般の本には書いていない情報も多く、生の声を聞けることに心強さを感じたような気がします。
そんな中、今から思い起こすと、「大変なのよ〜」という渦中にある方は、わりと積極的に発言しているのですが、「自分はこうして良くなった」という過去の話をしている方は少ないようでした。
中には、本当に細かく経過を書かれていて、良くなった時のこと、役に立ったことなどを、今悩んでいる方の助けになれば、というスタンスで書いていらっしゃる方もいました。その文章は今でも印象深く記憶に残っています。

過去形の体験談が少ないのは、積極的に思い出したくないということもあるかもしれませんし、あるいは元気になったので今の生活に忙しくしている、ということもあると思います。

なので、無理にお願いするものではなく、もし、ご自分の体験を語っていただけるのなら、それはとても貴重なお話になるのではないかと思うのです。

そして、書くことで自分の中の何かが整理できたり、区切りがついたりすることもあります。
よろしければ、皆様の体験を分かち合っていただけないでしょうか。

期限は決めず、長い期間でちょっとずつ集められればいいな、と思っています。
いただいた文章は、一応の審査を経た上で、セラフィのホームページから「体験談」というコンテンツに掲載させていただきたいと思います。

長くても短くてもかまいません。
詳しくはこちらからお願いします。
http://seraphy-room.com/taiken.html

私も書く予定ですドコモ提供


posted by サトウマリコ at 22:24| Comment(0) | ココロ

2007年03月05日

べてるの家

「べてるの家」をご存知でしょうか。
北海道浦河町にある社会福祉法人「べてるの家」のことです。

町内にあった古い教会で、ひとりのソーシャルワーカーと数人の精神障害当事者との共同生活が始まったのが1978年。そこからさまざまな経緯を経て、2002年に障害当事者が理事長・施設長に就任し社会福祉法人となったそうです。

その事業展開は、日本全国をまたにかけるほど広く、授産施設、グループホームのほかに、地域特産の昆布を売る有限会社まで運営しています。出版やCD販売なども手がけています。

そのべてるの家の人たちが、講演会で花巻市東和総合福祉センターを訪れるというので、今日行ってきましたドコモ提供
定員は200人とのことでしたが、会場は満席。運良く入ることができました。

私がべてるの家のことを初めて知ったのは、2002年にみすず書房から出版された斉藤道雄著「悩む力 べてるの家の人びと」を読んだ時です。
その後、しばらく経ってからべてるの家の人たちがミーティングしている様子をビデオで見る機会がありました。

短い文章で説明するのは簡単ではありませんが、とにかく発想が新鮮で、心に留めておきたい何かを感じたのは確かです。

今日、講演にいらしたのは、発足当時から関わってきたソーシャルワーカーで現北海道医療大学看護福祉学部の向谷地生良教授と、べてるメンバーである松本寛氏、下野勉氏の三人でした。

素晴らしい講演会でした。
統合失調症という病を抱えながら、それを薬だけに頼らずどのようにコントロールしているのか、という実践的な方法や、そこにはわかり合い、伝え合える仲間の存在があること、ありのままの自分が弱さを公開すること、そんなべてるの家の話を三人がそれぞれの言葉で語ってくださいました。

講演の最初と最後に、下野氏がギターを弾きながら歌を歌ってくれたのですが…ファンになってしまいました猫
帰りにCDとDVDを購入したのですが、関西や東京にも既に沢山のファンがいるみたい。

歌も講演も本も…伝えることの大切さを感じた日でしたぴかぴか(新しい)



posted by サトウマリコ at 00:09| Comment(0) | ココロ

2007年02月21日

ストレスの対処法

ストレスの話の続きです猫

どうやら昔に比べると、現代人はストレスを感じる度合いが大きいのではないかといわれています。
確かに昔の人だって、現代人と同じようにいろんな感情を持っていたと思いますが、文明化されたことによって時間が短縮され、行動パターンや機会が増え、人生において経験する出来事が何倍にもなっていると考えれるからです。

そんな中で私たちはどうやってストレスを軽減しているのでしょうか。
ストレスの対処法としては、大きくふたつにわけられるようです。

ひとつめは、情動焦点型といわれる対処法です。
ストレスによる不安や緊張などの情動を減らすために、「気晴らしをする」とか、ストレスが起こる原因自体を「回避する」とか、「静観する」ことによって感じ方を変える、というように情動をコントロールする方法です。

確かに、仕事で嫌なことがあっても、例えば大好きな音楽を聴くとか、カラオケで思い切り歌う、とかその他好きな趣味に没頭して、一旦頭の中から嫌なことを追い出すとすっきりすることがあったりします。
あるいは、最初から嫌な仕事や苦手な人には近寄らず、避けて通る、という方法もありますね。
もしくは何があっても静かに見守る、行動を起こさない、とりあえず様子を見ることにする…それもひとつの方法です。

もうひとつの方法は、問題焦点型といわれています。
ストレスの原因となる状況を解決するために、問題そのものに働きかけていく方法です。

例えば、嫌な仕事だったとしたら、どうしたらうまくいくか考えてとにかくやってみる、とか、苦手な人とどうやったらうまく付き合っていくことができるか、自分なりに態度を変えてみる、などの方法があるかもしれません。
とにかく問題そのものの解決を試みていくのです。

私も自分の経験を振り返ってみると、仕事が山ほどあって不安な時は、結局やるしか解決策はないと考えて一生懸命残業したこともありますし、一日仕事に追われてくたくたになっても、就業後に趣味の時間を持つことで気持ちがすっきりした、という経験もあります。

こんなふうに、ふたつの方法を自然に使いこなしながら、私たちは普段ストレスに対処しているわけです。


しかし、いくら日常的なストレスの対処法があるとはいえ、どこかに耐え得る限界がやってきます。
その限界点は、人によって違います。
性格やものの考え方によっても耐えられるストレスの度合いは違ってくるかもしれませんし、その方の個性もあるでしょう。

考え方を変えることで、ストレスに強くなるということはあるかもしれませんが、前回ご説明した通り、ストレスは目に見える大きな出来事ばかりではありませんね。出来事だけではなく身体的な環境もあります。
それに、寒暖は気にならないけれど、他人のちょっとした言葉は気になる、など人によって得手不得手があります。

私は、「自分の限界が近づいていることを知る」ということは大事なことではないかと思います。

誰々さんもやっているのだから、自分もやらなければいけない、という考え方で我慢し続けると、本当は限界がすぐそこに来ているのに、態勢をたてなおすことすらできなくなってしまうかもしれません。

一旦休む、一旦保留にする、そして態勢を整える。
または、必要なものを補給する、あてがう。
つまり自分の限界や対処法をよく知っておく、ということです。

そして、もし自分の力では難しいと思ったら、誰かに助けを求めること。
それだって、対処法のひとつ、自分の力の一部なのです。
posted by サトウマリコ at 23:39| Comment(0) | ココロ

2007年02月17日

ストレスの種類

このところ降り積もった雪も徐々に融けてきました。
あと2週間もしないうちに3月になるなんて、それはそれで少し不安な気もする、という声も最近耳にします。
厳しい冬の寒さを経験せずに春が来ると、あとでしっぺ返しのようなものがあるんじゃないか…なんて悪い予感がする、らしいですドコモ提供

私は、その気持ちすごくわかります。「冬来たりなば春とおからじ」という言葉が頭に浮かんで、冬が来てないのに春が来ていいのかな、、と謙虚に思うことは思うのですが。。
正直なところ、寒いのは苦手なので少しほっとしているところもあります。


ところで、「ストレス」というとどんな原因を思い浮かべるでしょうか。

アメリカの社会生理学者ホームズとレイは、人生で起こる出来事と病気の発症との関連を調査して「社会再適応評価尺度」というものを作成しストレスの度合いに得点をつけました。

それによると、一番得点が高い出来事は「配偶者の死」、二番目が「離婚」、そして「配偶者との別居」「刑務所への入所、服役生活」「家族の一員の死亡」と続きます。

この尺度と個人個人のストレスを感じる度合いは必ずしも一致するとは限りませんが、いずれにしても生活の中での大きな変化は、体にとってもなんらかのストレスを与えるものと考えられるでしょう。

ただ、ひとつ気をつけたいのは「大きな出来事」とは逆に「日常的に感じる小さなやっかいごと」もストレスになっていくということです。
つまり慢性的に続く嫌なこと、とでも言えばいいでしょうか。

例えば、毎日顔を合わせる人との人間関係がうまくいっていない、とか、仕事や職場での小さな不満、家事、時間が足りないこと…そういった類のことは、自分自身でさえも「悩み」として意識していなかったりしますが、毎日毎日「不満」や「焦り」、「緊張」、「不安」…などの感情をチクチクと感じ続けている場合が多いのです。

そして更に、上に挙げたような社会的、心理的な面だけではなく、身体的、物理的な面でもストレス刺激はいっぱいあることにも気をつけたいものです。
例えば、有害物質やウィルス、怪我や病気による体の痛み、高温、寒冷、そういったものに対しても、体はしっかりとストレス反応を起こしているわけです。

ここで、ストレス反応についてご説明しますと。。
よくストレスという言葉を耳にしますが、厳密にいうと原因となる「ストレス刺激(ストレッサー)」と、それに対する体の反応―「ストレス反応(ストレス)」にわけられます。
具体的には、心拍や呼吸が速くなったり、手のひらや足の裏に汗をかいたり、ほかにも血液の成分や体内の分泌物まで、刺激に対処するための臨戦態勢に変わっていきます。

そうを考えると、ストレスは生きていくうえで必要なものといえますが、慢性的にこの状態でいたら…体は疲れてしまって当然なわけです。

随分長くなりましたが、寒がりな私はいつもの冬は毎日毎日ストレスを感じていたということになります。
そう思うと、この冬はストレスのもとがひとつなくてすんだわけです。


暖冬で感じる悪い予感の正体は、温暖化していく地球への心配と、ストレスに弱くなっていく自分への不安なのかもしれない、と今思いました犬

ストレスの対処法を、また次の機会にお話したいと思います。
posted by サトウマリコ at 16:44| Comment(0) | ココロ

2007年01月30日

流れ

最近気になる言葉のひとつに「流れ」があります。
でも「流れ」なんて、何気なくよく耳にする言葉ですよね。
主語がないと、何のことだかわからないですしドコモ提供

私が気になるのは、いろんなモノひっくるめての「流れ」なのかもしれません。どうしてこの言葉が心に引っかかるのか、今後もゆっくりと考えていきたいと思っているのですが。。

例えば…、川の流れ。
私は川をぼんやりと見ていると気持ちが落ち着きます。
目の前の風景は変わらないのに、川の水だけは留まることなく流れていきます。
理屈抜きで、ただそれを眺めているだけで不思議と静かな気持ちになれるんです。
山の中の細い川も好きだし、街を流れる幅広く穏やかな川も好きです。
水の流れる音を聴くだけでも大分楽な気持ちになれます。

それから、例えば体の中の感覚。
血行がよい、つまり血液の循環がよいと体の調子もいいような気がします。
それと私が好きなのはリンパマッサージです。
「体の中の老廃物が運ばれているというリンパの流れをよくすると、不調も治る」などと聞くと、自分の目で見たわけでもないのに、すごく納得してしまうんです。
不調の時の私は「うーん、詰まった感じがする」と家族に訴えたりします。多分自分にしかわからない感覚なのでしょうけど。。
とにかく、マッサージをして血流やリンパの流れがよくなると(見えないですが)すごく気持ちがいいんです。

あとは、例えば…ちょっと漠然としていますが、人生の流れ、でしょうか。
調子よく流れている時期と、淀みにはまっているな〜と感じる時期があったりします。
人によっては、一生を通して勢いよく流れていたりするのかな、なんて思ったりしますが、大抵の方はなんとなくそんな緩急を感じることがあるのではないでしょうか。
川の流れでいうと、突然滝つぼに落ちたように感じる出来事に遭遇するかもしれません。
いつまで経っても、川底の岩に引っかかったままもがき続けなければならないように感じることがあるかもしれません。
でも、完全に停止はしていないのですよね。

ここまで書いて、いろんな過程があっても進み続ける感覚が「流れ」という言葉に惹きつけられる理由かもしれない、と思いました。

一見退屈な世界でも、止まっているように見えても、必ず変化している。
そう思うと楽な気持ちや逆に寂しい気持ちになることがあります。
でも、だからこそ過去や未来ではなく、「今」の意味は深いのかな、とも思うのです夜
posted by サトウマリコ at 19:53| Comment(0) | ココロ

2007年01月25日

ココロと体

今朝起き抜けからお腹が痛み、軽く吐き気も感じたので、胃腸風邪かなあ。。と焦ってしまいましたふらふら

少し熱っぽいような気もしたので、自分の体に「今日は休みたいの?休まなきゃいけないの?」と問いかけましたが、、そろりと起きてみると大丈夫なようで、なんとか一日の仕事を無事こなしましたドコモ提供

私の場合、こんなふうに自分の体の症状を、きちんとメッセージとして受け取るようになったのは、ここ数年のことです。
それまでは、わりと丈夫なほうで、風邪を引いて熱が上がっても、平気で歩いたりしていたのです。

数年前、どう考えても体からのメッセージなんだな…という体験をしてからは、「心と体がつながっている」という言葉を素直に受け止められるようになりました。
何か言葉で言えない状況に追い詰められると、体で表現するしかなくなってしまうことがあるのだと思います。

だからといって、すべての病気は心の持ちようなのか、というとまた違った考え方もあると思います。
それでもやはり、そのつらい病気を通して得るものがある…心と体はつながっている、と思うのです。

誰もが完璧に心や体をコントロールできるわけではありませんね。
でも、完璧ではなくても、自分の気持ちや体を知ることによって、方向を決めることはできるかもしれません。

そんなふうに思うので、体からのメッセージには耳を傾けることにしています。

皆さんは、いかがですか。本当は「つらいよ」というメッセージがでているのに、気がつかないふりをしていませんか?
または気づいてもしかたがない、どうしようもないと思っていませんか?

自分の中の「何か」と対話することで癒されることもあります。
私はそんな時のお手伝いができたらいいな、と思いながら日々過ごしています。
posted by サトウマリコ at 21:58| Comment(0) | ココロ

2006年12月27日

自分の答え

十二月は、やり残すことがないようにと、随分走り続けたような気がします。そして、残すところあと4日と少し。
私はまだ、やり残している仕事と、会っておきたい人と、準備しなければならないことが残っています。それなのに相変わらず眠い毎日たらーっ(汗)
皆さんは、いかがお過ごしですか?

先日、ちょっといいな、と思うお話を聞きました。
あるお店におじゃました時のことです。
偶然居合わせた客同士で話が弾みました。
その中に、中国茶に詳しい老紳士がいました。
そして、やはりこの頃中国茶にはまっているという女性が「最近、茶器に目がいくのだけれど、どんなものがよいのでしょうか」と尋ねたのです。
すると、おそらくそのあたりに関しては目の肥えているであろう老紳士が、こう答えました。
「どんな茶器でも、自分がいいと思ったものが一番いいのさ」

一同大きくうなずいたのでした。
どんなに有名なブランドのものであろうとなかろうと、自分が使うものだもの。自分がしっくりきていればそれでいいのですよね。
もちろん、知識を得ることも大事な学びだとは思いますが、考えてみると「どれがいいか」を他人に訊くのは不思議なことかもしれません。


カウンセリングでも、時間の最後になって「どうしたらいいでしょうか」とアドバイスを求められることがあります。
私なりにお答えするのですが、時には「正しい答えなどないのですよ」とお伝えすることもあります。それは、それまでにお聞きしたお話の中で、すでにその方が自分なりの答えを出していると感じるからです。それをお話した上で、どの部分がそうだったのかをそれとなくお伝えします。

答えを一番よく知っているのは、自分自身ですものね。
何かが邪魔をしてよく見えなくなっているとしたら、その邪魔なものをどけて、その答えを見つけられるように背中の押すのが私の仕事かなあ、とも思うのです。

わかっていそうで、実は一番よくわかっていなのが自分かもしれませんね。
来年は、どんな自分と出会えるでしょうドコモポイント
posted by サトウマリコ at 21:22| Comment(0) | ココロ

2006年12月05日

手当て

私は2カ月に一度くらいの割合で整体にいきます。
不思議とそれくらいの頻度で行きたくなるんです。なんとなくすっきりしなかったり、肩が凝ったりと体がメッセージを送ってきます。

そして行く度に痛い場所が違っています。私にはよくわからないけれど、先生は「あ〜、ここだなー」などと呟きながら軽く押すのですが、痛いのなんのもうやだ〜(悲しい顔)
普段はわからないのですが、よくぞこんなに凝ったものだと感心します。

先生とはいろいろな話をしますが、今日も健康グッズから健康食品のことまで話が広がっていきました。
今はいろんなものがあって、次々と磁気製品やドリンクや食品を手に入れることができます。
どれが効くかは人にもよるので一概には言えません。
ですが、先生の話を聞いてなるほどな、と思ったのは、何を買ったとしてもそれを自分が使えるようになることが大事だということ。

いいと言われたものを、漠然と使い続けていると効果が薄れてしまうことがあります。または、頻繁に使い続けていると逆に体に負担をかけることもあるかもしれません。

要は、自分の体を自分がきちんと把握していること。そして何を使えば良くなるかわかった上で、道具として使えればいいのだそうです。
例えば、どこかが痛くなった時に、手当てをする前にどうしてそうなったのかきちんと振り返ってみるのです。
痛くなる前何を食べたか?寒かったか、暑かったか、どんな運動をしたか、以前同じ痛みがあったか、どうしたらそれが治ったか、というように。


心の痛みもこれと同じようなことが言えるな〜と思いながらお聞きしました。
例えば、まるで「ふと湧いて」くるように思える「気分」ですが、本当に理由がないのかな、と考えてみるとちゃんと理由があったりするんですね。

なんだか今日は落ち込んだ気分だけど、いつからこうなったのかな?
前にも似たようなことがなかったかな?
いつも同じようなパターンを繰り返してないかな?
どうしたら、癒えるかな…。

やみくもに手当てをする前に、しっかりと傷口を見ること。
ネガティブな感情は、一見「もやもや」としていることが多いのです。
よく観察してみると、きっかけはある具体的な出来事だったりします。それが、ほかの潜在的な不安や心配にリンクされてどんどん膨らんでいったりするのですね。

「もやもや」の解消のしかたは、人それぞれですし、その都度違ってもいいのです。
カラオケでも、人に聞いてもらうのでも、映画を見て気分転換をする…でも。
自分なりの元気になるアイテムを、普段からいくつか意識しておくのもいいかもしれません。その時に合わせて使っていけるように。
そして、無理に元気になろうとせず、時間の流れに身をまかせる…これもひとつの解消法だと思います。
いずれにしても、じっくり時間をかけて心が元気になるのを待ちましょう。
それから決めたり考えたりしても遅くはないことってありますよね。

心の手当てと体の手当て、どちらも大事にしたいものです。
posted by サトウマリコ at 23:02| Comment(0) | ココロ