2015年12月17日

年の瀬に。

12298920_449068215282079_1578496659_n.jpg

今年も残すところ、わずかとなりました。

忙しくお過ごしの方、新しい年に向けて、気持ちの整理や決意を固めている方……さまざまな心模様があることと思います。

年末年始は、日常から離れて家族や友人と過ごしたり、いつもと違う経験をすることも多いもの。何かをきっかけに元気になれることがあるかもしれませんね。
反面、いつもは目を向けないようにしていた問題に向き合わざるを得ないこともあり、悩み事が増える季節でもあります。

さて、私の日常はというと、このブログで新年度のお知らせをしましたとおり、心理カウンセリングの活動が充実した年になったと思います。
そして、これからは自分の活動を少しずつランクアップさせていきたいな、と今後に向けてあれこれと夢を描いているところです。

今は、「あれこれと夢を」描いていすが、少しずつ「実現するため」にはどうすればよいか「選択」をし、「行動」に移す時期がやってきます。

自分自身がそのようなステップを踏みながら、カウンセリングでも、相手の方が「今どういう状態なのか」「今何をするのか」さまざまな角度から見つめるお手伝いをし、やがて「これから」に向けて踏み出していくように、そして踏み出した後に続く「日常」をより自分らしく過ごせるように、と一緒に考えていきます。

12月は、予約とその他の業務で日程が埋まっておりますので、これからカウンセリングをお考えの方は、1月以降のご予約申し込みをお願いしております。

暖冬とはいえいよいよ寒くなってきましたので、体調には気をつけてお過ごしください。
そして雪の街の季節、少しでも楽しみながら過ごせるとよいですね。


posted by サトウマリコ at 12:19| Comment(0) | 日記

2015年03月25日

新年度に向けて

10914244_791096410959156_783051480_n.jpg

セラフィを立ち上げたのは、2006年です。
このブログも引っ越しせずに使っているので、かいつまんででも流れを知っている方もいらっしゃると思いますし、初めてご覧になる方もいらっしゃると思います。

このところ、ホームページの更新もままならず、ブログでなんとか最新情報をお伝えする形をとってきまして、一時は新規の利用者様をお受けできない状況もありましたので、まずは私(佐藤)の近況と今後のサービスについて、おおまかですが説明していきたいと思います。(具体的なサービス内容や受付方法などは、ホームページやトップ記事をご覧ください)



まず近況からお話しますと、ここ数年の懸案だったことが少し整理できてすっきりしてきました。

心理カウンセリングの場を提供する、これだけのことをシンプルにやろうとして立ち上げ、その気持ちはずっと変わりがないのに、どうして紆余曲折があるのだろう、という想いも我ながらあるのですが、実際始めてみると、避けられない運営上の問題は多々ありました。問題というと少し大げさな表現になるかもしれませんが、あくまでも私自身が感じる問題、ということです。

心理カウンセリングの仕事から完全に離れる気持ちは一度も起きなかったのですが、ここ数年は実質的に減らさざるを得ない期間(他機関での相談業務との兼務など)がありました。
また気持ちが動かされるままアートセラピーについて学び、活動を積み上げてきました。

実は、今は少し「長いトンネルを抜けた気分」です。
ここ何年かでいろいろな経験をしながら学んだことを、更にカウンセリングに活かしていけるという気持ちがあります。

以前、自分の気持ちのメンテナンスのために大先輩の先生のカウンセリングを受けたことがありました。その先生は、私の話を聞いたあと「そのことは佐藤さんのカウンセリングにどんな影響があるの?」と質問され、その時からどんな経験も(マイナスの気持ちは特に)カウンセリングの役に立つのだということが意識づけられました。
この時以外にも、カウンセリングの師からおそらく一生忘れないだろう言葉をかけていただいてきました。
こんなに何年も心に残る言葉をかけてくださる先生はすごいな、と思います。

私は、まだまだ未熟なことも多いと思いますが、それでも何年かぶりに訪ねてくださる利用者の方が期間全体を通して一定数いらっしゃいます。信頼してくださっているのだと気持ちがあつくなります。

初めて申し込みをしてくださる方も含め、利用してくださる皆さまの気持ちにお応えするためにも、時間と場所の確保のためにどのような形を取るか、真剣に考えてきました。


今後、当面は専用ルームを持たず、会議室等を借りながら運営していこうと思います。すでにその形をとっており、メリットデメリットを大分確認できてきまして、今の自分としてはその形が一番よいようです。
転機が訪れた時は、また変わっていくかもしれません。

また、心理カウンセリング以外の心のケアの方法として、アートセラピーへの学びも深まってまいりました。
こちらも机上の理論ではなく、仲間とともに積極的に活動して、実際にお役に立てるような場の提供をしていきたいと考えています。

他に、個人としては、専門機関での相談業務や、市民講座などの講師活動にも引き続き携わっていきたいと思っています。
それぞれの機関の目的に合わせ、自分の力を注いでいきたいと思います。

時間的には、今後は心理カウンセリングがメインになるように配分していきます。

心理カウンセリングルーム以外の場所での人との関わりや仲間と共に活動することが、私という人間を成長させてくれ、またそれをカウンセリングに活かしていく、という<流れ>が私には必要なようです。

ここまでの環境を整えるのに支えてくださった関係者の皆さまに心から感謝申し上げます。



随分と勝手なことばかり連ねました。
質のよいカウンセリングの提供を目指して、自分なりのベストを尽くしていきたいと思います。

ということで、ここでお話した内容が伝わるように、ホームページをリニューアルしました。

春は、環境の変化も多い時期です。
カウンセリングが必要だと思った時は、ぜひお声をかけてください。

私もゆっくりと始動していきます。
posted by サトウマリコ at 19:31| Comment(0) | 日記

2014年05月15日

少しずつ…

勤務していた頃は、毎年新年度になると、細かく仕事の分担が変わったり、職場自体が異動になったりと環境の変化がありました。慣れるまで不安や大変さはありますが、新しいことに取り組むという新鮮さが、心地のよい緊張感になっていたように思います。

ただ、自分では決められないことなので、4月を迎えるまではドキドキ感とワクワク感が入り混じったような気持ちでした。


今の私は、基本的に、自分で自分の仕事を決めるという環境にいます。
結果がそのまま自分に跳ね返ってくるので、おそらく見た目ほどよいことばかりではないかもしれません。
それでも、自分の気持ちや持っている技術に合わせて、調整できるのは贅沢なことだと思っています。


いろいろなことを考えて、4月から、心理カウンセリング業務にあたる日を増やしました。
(利用してくださる方あってのことなので、私が「できる日」を増やしたからといって、自動的にカウンセリングをする日が増えるとは限りませんが)。

おかげさまで、少しずつ、カウンセリングをする時間が増えています。


今は、ただただその時間が増えることだけが自分の目標ではありません。
もちろん、自分の提供できるものを少しでも多くの方に役立てていただきたいという気持ちはあります。

けれども、カウンセリングという非日常の大切な時間をお預かりする自分という人間が、もっともっと成長し、よいコンディションでその時間に臨めるように、瞬間瞬間を「よい感じ」で過ごせたらなあ、と考えています。

そう考えると、たとえ、怒っていても泣いていても、そして楽しんでいても、休んでいても、じっくりとその感覚や感情を味わいながら生きていこうという気持ちになります。

そのことが、カウンセリングの役に立つ、と経験上思えるからです。

カウンセラーではなくても、同じように思われる方がいらっしゃるかもしれませんね。
posted by サトウマリコ at 19:40| Comment(0) | 日記

2014年04月25日

カスタマイズ

4月になって、年度が替わり、仕事の体制が少し変わったのと、何より、独立と同時に購入したノートパソコン(メモリ不足で毎日火を噴きそうなほど熱くなるのをなだめながら使っていた)を、ついにメンテナンス終了のため変えざるを得なくなり、ここひと月ほど何をしていたかというと、

モノとしての仕事道具の整理、そして、パソコンのセットアップから、使えなくなったソフトを考慮してのいろいろな作業。

を、ぼちぼち進めていました。

若干面倒ではありますが、いらなくなったものを捨てたり、不慣れだけど新しい便利な機能に助けられたり、とよいことも多いので、よいのですけどね。

実は、このブログも、ちょこちょこ変えていました。
ホームページに寄っていただかなくても、情報はそろっていたほうがいいなあ、と今更気づき、カテゴリを増やしたり並べ替えたり、日付を遡って新規投稿したり、とまだまだですが、より見やすくしていければと思っています。


ところで、体はそのままに中身が入れ替わる、という映画やドラマがありますが、昔、こんなことを考えたことがあります。
「もしも、自分の肉体はそのままだけれど、中身が別人になったら、きっと気持ちの持ちようが違うだろうから、筋肉の使い方(表情や姿勢)も変わるだろう。そうしたら、同じ体でも、もっと美人に見えたり、逆の場合もあるのだろうか?」と。。

なぜ、こんなことを思い出したかというと、要は、私たち人間は、親からいただいた体を、生まれた瞬間から「自分流」にカスタマイズしているのではないかなあ、と思ったからです。

どんなに、育った環境の影響を受けていたとしても、どこかに「自分流」は入ってくると思うのです。

ただ、パソコンや何か他の物のように、思い立ったらイメージ通りにカスタマイズできるかというと、難しいですね。

カウンセリングをしていると、どうカスタマイズするか、あるいは、これ以上カスタマイズする必要があるのかどうか、そんな相談をしている気持ちになる時があります。
きっと、「自分はこうよ!」としっくりきている時は、気持ち楽だったり、うきうきしたりするのではないでしょうか。


そんな私は、最近、体のサイズのカスタマイズが全く思うようにいかず、悩ましい日々を送っているのでした。



posted by サトウマリコ at 19:18| Comment(0) | 日記

2013年12月28日

前に進むということ

uma2.jpg

最近、何人かの方とお話して、以前と変わらずこのブログを読んでくださっている(おそらく正確にはチェックしているだけになるかもしれませんが)ことを知りました。

単純に嬉しい、ということもありますが、「時間が経っても会えなくても繋がっている」という感覚が確かにあるということを思い出させていただきました。
有難いことだと、胸に染みます。

どうも表示を工夫しても上手くいかないのですが、このブログを開設したのは2006年なのです。

文章というものは、過去になればなるほど、恥ずかしく思うこともあるのは仕方がないと覚悟をしつつ、「思うこと」「誰かの役にたつかもしれないこと」「お知らせや報告」を綴ってきました。


最近、ここで筆が進まないのは、多分自分で規制する癖が出ているのだなあと思います。
「書こうかな」とまでは思うのですが、以前のように時間がないのと、なんだか、恥ずかしいなあ、という気持ちに負けてしまいます。
どうも、何を書いてもお説教みたいになったり、自慢みたいになったりするのではないかと思ってしまうのですね。それから、自分自身の日常のことを書くことも、この場では少し違う気がしてしまう。


……ここまで、前置きです。このような心境の私ですが、年末なので、気持ちを振り絞って、とりあえず、自分のことを書こうと思います。



ここ2年程、少し変化がありました。
心理カウンセリングを新たな仕事とするために前職を辞めたわけですが、ほそぼそとカウンセリングは続けつつも、いくつかの別の仕事をしました。

そして、仕事もそうですが、2年という月日の中では、生活にも変化がありました。

今年は特に「失った」と思うものが、いくつもありました。
ひとつ、またひとつと、気がつくと「失って」いるのです。

哀しんだり、苛立ったり、落ち込んだり……

そんな日々がありながらも、毎日、寝て起きて食べて活動をして、そうしているうちに、また変化があって、少しずつ、物事は「進んで」いきます。

そうして、今度はやっと「得たもの」に気がつくことができるところに差し掛かってきたように思います。


仕事で言えば、「心理カウンセリング」を利用する方とは、また別のニーズを持った悩みや困難を抱えている方々がいることを肌で感じました。
心のケアに「心理カウンセリング」以外の方法でアプローチするいろいろな職種の方々と出会うことができました。

そのことによって、「心理カウンセリング」がどういう位置づけにあるのか、受けに来る方がどのようなニーズを持っているのか、中にいた時よりも、客観的に理解することができたように思います。

また、何かをしようという想いを持った経営者、NPO活動をしている方、個人の方との出会いも沢山ありました。

この2年のような過ごし方は多分、長くは続かないだろうという気がして、その出会いを楽しみ、大切にさせていただきました。

そして、少しですが、自分の想いを実現するために必要なことや、本当に「自分の想い」だけでよいのか、といった、広い視野で考える目を養いました。


そのようにして得た学びを活かしながら、エキスパートの道を深めるべく・・・ゆっくりと進んでいきたいと思います。

自分自身にしても環境にしても、時間は流れていきます。
時には、流れが淀むように感じることがあるかもしれませんが、それでも確実に。

そこから沢山のメッセージを受け取るには、困難もありますが、弱かったり強かったりしながらも、しっかり感じながら生きていければいいなあ、と思います。

ああ、やっぱりグレーな感じの文章になりました。


皆さまが穏やかに新しい年を迎えられますように。
posted by サトウマリコ at 00:13| Comment(0) | 日記

2013年11月13日

セミナー参加

PB130173.JPG


今日は岩手県男女共同参画センター主催の「DV被害者支援基礎セミナー」に参加させていただきました。

被害者の心理のみならず、加害者がどういう想いで暴力に至るのかをより現実的に理解できたことが、家族全体からみた支援を進める上で、より役立つという思いが深まりました。

今回のセミナーに参加した理由は、内容ももちろんですが、講師の土井裕先生が、私が師事している先生であることが大きくあります。

久しぶりに、聞き慣れた優しい声と深みのあるお話をお聴きしながら、生徒だった頃の自分、カウンセラーになってからの自分と思い巡らせてしまいました。

たとえ同じ歳になっても、「先生」のようにはなれない、この気持ちは永遠に続くような気がします。

この衝撃のような感覚は、自分は自分でがんばるしかない、と奮い立たせるエネルギーにも繋がっていきます。

「先生」と仰げる方と出会えることは、幸せなことなのだと、今更のように身にしみています。
posted by サトウマリコ at 21:24| Comment(0) | 日記

2013年10月31日

近況報告です

結構、今、よれよれです。
原因は・・・仕事の忙しさでパニックになっているので、これは幸せなことですね。

仕事といっても、事務的な地道な作業が多いです。

講座の原稿を作ったり、イベントの準備をしたり、ホームページの手直しをしたり・・・

ここ数日は、集中してPCに向う日々ですが、やってもやっても終わらず、気持ちが焦るばかり。


そんな自分が、取り組んでいることのひとつには、「心をラクにする心理学講座〜応用編〜」の準備があります。

こういう時は、案外、自分自身がラクでない状態の時のほうが、共感を呼ぶ内容が作れそうな気がします。今回は、前にやったことのある内容の焼き直しではなく、私の中で膨らんできた「伝えたい」ことを新たに2時間の講座に組み立てるというものです。

参加者の皆さんのご要望を聞いてから内容を詰めたいというのもあったので、大雑把にイメージは持っていたのですが、あえて間近に迫ってから詳細は詰めることにしていました。

なので、いろいろなことと重なっている今、「ヨレヨレ」なのは、自分で蒔いた種でもあるのですが・・・。

パニックになりそうな自分を題材に、自分でヒントを差し出すような作業をしているので、検証できてよいのかもしれません。

講座は、今週末の土曜日の午後です。
まだ、お席ありますので、滑り込みでもお申込み大歓迎です!

詳細は、前回の記事からどうぞ。

座り仕事ばかりなので、意識的に運動しようと昨日は家の周りをウォーキング。グラデーションの美しさに感動して拾った落ち葉でしたが、気がつけば、どこかに放り出したまま仕事にのめり込み、すっかり乾いてしまいました……。

PA310105.JPG



posted by サトウマリコ at 11:39| Comment(0) | 日記

2013年09月18日

近況報告

P9180572.JPG

なかなかこちらのブログに投稿できずにおりました。
時々、ブックマークからご覧になっていた方にはお詫び申し上げます。

現在の活動状況について、まずはお知らせしたいと思います。

・カウンセリングは、新規の方はお受けしておらず、これまでに定期的に受けたことがある方に限って、日程を調整しながらになりますが、お受けしています。
お問い合わせは、以下のアドレスから、メールでお願いします。
(※2日以内に返信が届かない場合は、システム上の不具合が予想されます。
ホームページのお問い合わせフォームをご利用ください。PCメールの方が有効のようです)

seraph●seraphy-room.sakura.ne.jp
(●を@に変えてください。)

・現在、専門機関にて非常勤で相談を受けています(機関の特性上公表しておりません)。

・月に2回程度の間隔で、色彩心理ワークショップを開催しています。
 こちらは「盛岡ハートフルカウンセリング セラフィ」としての活動になります。
 詳しくは、ホームページ
 http://seraphy-room.com/
 もしくは色彩心理関係のブログ
 http://blog.goo.ne.jp/seraphyroom
 をご参照ください。

・間近の講座
 「心をラクにする心理学講座」
 10月5日(土)14:00〜16:00
  サンライフ盛岡さんにて。
 お申込み・お問い合わせは、サンライフ盛岡さんにお願いします。
 (TEL:019-635-9604)
 http://www.iding.org/sunlife/event/10.5shinri.pdf(チラシ)
 http://www.iding.org/sunlife/event.html(イベント紹介ページ)




ここからは、久しぶりに、自分の思うところを書かせていただきたいと思います。


心理カウンセラーとして活動を始めた頃のように、毎日を心理カウンセリングの仕事だけに費やす、という生活を今はしていません。

本当は、ひとつのことを、全うすることが大切なのでは、という気持ちも重々あります。
始めたからには、しっかり極めていきたいと思いますので……。

上に書いたような状態に変化していった理由はひとつではありません。
ふたつでもなく…さまざまな「理由」と理由にならない流れのようなものもあります。

自分の心が一番どこにあるか、というと「心理カウンセリング」です。
もちろん、やらせていただいている一つひとつの仕事も大切にしていますし、経験させていただくことで、成長している自分も感じています。

ただ、毎日の生活がカウンセリングに繋がっているのを感じます。
次に心理カウンセリングの仕事をメインに生活するようになった時には、一皮剥けていたいなあ、と思いながら過ごしているこの頃です。

皆さんは、どんな毎日をお過ごしでしょうか。

こちらのブログも、またぽつぽつ書いていきたいと思っています。



posted by サトウマリコ at 17:31| Comment(0) | 日記

2012年09月23日

新しい手帳

P9230074.JPG

もう5年も同じシリーズの手帳を使っていたのですが、思い切って<変化>をつけてみました。
同じシリーズなのですが、ひと回り大きいサイズが出ているのを発見したのです。

用事があって、市内の文具店に行った時、偶然発見したものです。
いろいろなものがインターネットで手に入る便利な時代になりましたが、実際に商品を手に取ってわかることもあるのですね。

各階を見て回っているうちに、手帳のコーナーに辿り着きました。
そういえば誰かが「もう来年の手帳が出ているのよ!」と言っていたのを思い出し、見てみると、いつも手に入れるのに苦労する愛用の手帳がありました。

昔、赤い皮のシステム手帳を持ち、長く使い込もう、と思った時もあったのですが、3年ほどでやめてしまったように思います。

一番の理由は、案外厚みがありカバンの中でかさばる感じがしたから、だったと思います。

それで、最近愛用している手帳のポイントを、
・薄さ
・最低限の必要なデータ(地下鉄の路線図など)がある
・好みのデザインであること
・メモ用紙としてその場で誰かに渡せるように、切り取り線が入っているページがあること
として、選んでいたのです。

これらをクリアしているものが他になく、結構こだわっていたのですが、今回、同じシリーズとはいえ、久しぶりに変えました。

新しい手帳にして得たものは、「大きさ」と「余分なページ」です。月と月の間に見開きで自由にかけるページがあるので、結構な量、好きなことをメモできそうです。

何か大事なことが頭をよぎる時、大抵何かをしている時だったりします。
(お風呂や、運転や、歩いている時とか…)
そして、それは結局忘れてしまうので、「もったいないなあ」と思うことが最近多かったのです。

果たして、これから、新しい手帳になったら、わざわざ取り出してメモできるのか、ちょっと不安ではあるけれど、試してみようと思います。
そうすると、ブログの更新も増えるかもしれない…ですし。


でも、それと引き換えに失ったものは、「切り取れるページ」でした。
ここは、結構重要なポイントだったのですが……。代わりに小さなカードを挟んでおくなどして、対策を練ろうと思います。


もうすぐ、9月が終わるのですね。
これも初めてですが、手帳は「10月始まり」になっているので、いつもは1月に手帳を換えていましたが、今年は、<心機一転>を早めに、10月から使ってみようかな、と思います。


posted by サトウマリコ at 17:18| Comment(0) | 日記

2012年07月15日

講座終わりました

P7110407.JPG

前回、ご案内した「心をラクにする心理学講座」が無事に終わりました。
15名の参加してくださった方々、皆様に感謝です。


これは余談になりますが、昔、勤めに出ていた頃、企画の仕事をさせていただいたことがありました。
企画の仕事自体には、いろいろと細かく気を使うことはありましたが、例年通りの手続きを踏み、順調に参加者は集まりました。イベントには200名前後、作品募集には何百点という応募がありました。


その後、カウンセラーになって、自分でセミナーを企画してみました。
いったいどれだけの人に、セミナーの存在自体、いえ、主催している自分のカウンセリングルームのことを知ってもらうか、途方もない道のりでした。

今回は、サンライフ盛岡さんで開催させていただく関係で、広報の点では自ら動くことはありませんでしたが、おそらく参加された方は、このタイトルだけで判断した方も多かったのではないかと思います。
それだけに、きっと参加してくだる方は、真剣だし、興味があるのだろう、と想像していました。

私のほうとしても、これは自分がずっと以前から「やりたかったこと」として、自ら提案した企画なので、やっと「伝えたいことを伝える場が持てる」という感覚がありました。


「2時間という時間」は、それだけの理由や動機がなければ、人は簡単には作らない時間だと身に染みて感じていましたので、なんとなく予想はしていましたが、参加してくださった方の瞳が輝いていること!

私はなるべく会場と双方向の講義を心がけるようにしているのですが(もちろん無理強いはしません)、私の問いかけに、不思議とどなたかが自然に声を挙げてくださって、ごく自然に呼吸が合っていく、そんな感覚の講座でした。

いただいたアンケートもほとんどの方に「有意義だった」といっていただきました。

本当に、嬉しいことです。

拙いところ、2時間という限られた時間で、伝えきれないことは沢山あったと思います。

でも、少しでも、何かのきっかけになってくれれば、本望です。

依頼を受けての講座も、すごく嬉しいものですが、こうした企画もまたがんばってみようと思います。
posted by サトウマリコ at 23:30| Comment(4) | 日記

2012年05月01日

夜の桜

201205sakura.jpg

5月になりました。

北日本もここ1週間ほどで急に暑くなり、一気に季節が変わったような気がします。
皆様はどのようにお過ごしでしょうか。


私は、自分自身の変化もあり、身の周りの変化もあったほうではないかと思います。そんな毎日を過ごすなかで、ほっとしたり、急に部屋の片づけをしたくなったり、時には怒りにふるえることも、悔しくて泣いたこともあり……けっこう、最近にしては珍しく、感情の揺れが大きい時期でした。

心理学を習った当初から、それまでに比べて「楽に過ごせるようになった」と感じていました。
今回もまた、更に以前との違いを感じています。

内面から湧き出てくるような、大きな怒りや悲しみといったものに出会った時、以前の自分は、その感情を引き起こした相手について考えることが多かったと思います。ほとんどがそうだったかもしれません。
「なぜ、こうしてくれなかったの」
「なぜ、そんなことをいうの」
といった調子です。

ここ最近のある出来事で、私は感情を少し乱すことになってしまったわけですが、相手がどうなのか、ということよりも、相手の言葉や態度に反応する自分の心を見つめようとしていることに気がついています。

こういう時…大きく感情を乱される時というのは、冷静に自分を見ることは簡単ではありません。
だから、ちょっと気持ちの修正には時間がかかっています。

ちなみに何か人間関係のトラブルがあった、というようなことではなく、ふとしたことで、昔の嫌な感情が甦った、という感覚です。

自分が一番、どの部分にこだわっているのか。
満たされない感情は何なのか。

それを丁寧に見つめていきます。

次のステップとして最近よく見かける心理的な解決法は、<未来に向って>「どうなりたいか」「どうすれば解決するのか」というアプローチです。
実際、私もカウンセリングをしていて「必要だ」というタイミングでは、そのような質問をクライエントさんにします。

でも、今回は少なくとも今はそれをする必要を感じていません。

その段階ではない、と感じるのがひとつと、何よりも、戻すことのできない過去のこと・変えることのできない相手を前に、まずは無力である自分を自覚しなければならない、と思うからです。

「哀しい」も「悔しい」も「怒り」も、全部自分が生み出した感情です。
周りで起きたことは、私を中心に起きたことではないのです。
私が自分を中心に考えた時に、そのような感情が生まれてきたのです。

だから、自分自身をじっと見つめなければならない、と考えるのです。

そこが、昔と変わったことです。

そして、心理学やカウンセリングは魔法ではない、このことも学んだ当初からわかっていた筈ですが、あらためて肝に銘じています。
最終的に、自分の心と向き合うのは自分なのだと思います。焦らず、少しずつでも、向き合っていくうちに光が見えてくるかもしれません。心も季節と同じように「変化」していくものだからです。

マイナスの感情を感じることで、悩んでいる方が多くいらっしゃいます。
けれども、時にそれはごく自然に起こることなのだとお伝えしたいこともあり、「わたしの内面」の話をしてみました。


そんな感じの今日この頃で、気分的にはあまりパワーが溢れているわけではないのですが、最近心がけているのは、一つひとつ身の回りのことを丁寧にやる、ということです。
忙しさに紛れてか、少し遠くに視点を置いていたせいなのか、モノも気持ちも丁寧に扱っていなかったような気がします。
最近は、目についたところを一日にひとつでもふたつでも片づけています。食べ物や物の整理など生活を丁寧にしていくと、気持ちも落ち着いてくるのは不思議なものですね。

写真の画像はかなり粗いですが、夜の桜と月です。
posted by サトウマリコ at 23:04| Comment(2) | 日記

2012年04月06日

新しい、ということ

新年度が始まりました。

環境が変わったり、気持ちを一新して、という方も多いのではないでしょうか。

新しい職場、学校、友達やパートナーとの出会い等など、春はワクワクする気持ちとともに少し緊張をともなう季節かもしれませんね。

何度も繰り返しているはずのこの季節ですが、私にとってはやはり新鮮味を感じられる時です。

特に仕事の内容や体制が変わったり、新しい計画を立てたりすると気持ちが引き締まります。


でも、しばらくして慣れてくると、段々その緊張感が薄れてきたり、気持ちが弛んできたりします。
人間関係での変化もその頃に起きてくるでしょうね。
初対面の頃はお互いに気を使っていたり、姿勢が低かったりするのが、少しずつよくも悪くも「自分らしさ」が出てきてしまうのだと思います。

もし、「新しい」という刺激がなく、ずっと同じ環境で同じ人と同じ作業を繰り返していたらどうなるかな、と考えたりします。
やはりちょっと、「閉塞感」とか「馴れ合い」とか「惰性」というようなものが蔓延するような気がしないでもないです。
反面、同じ環境に居続けられるからこそ「職人技」が身につけられるのかな、と思うこともあります。

私は以前は、後者のほうが大切だと思っていました。せっかく覚えたことや築き上げたものをゼロにするのはもったいないな、と。

今は、案外ゼロでもないんだな、と思えます。

一見、畑違いの場所に来たとしても、自分の中に蓄積された経験は何かの形で融け合っている。
それを、「新しさ」という刺激によって、上手に表現できればいいのではないかな、と。


やっと長い冬が終わろうとしています。
気持ちも新たに、心身共に、穏やかな春の陽を浴びることができるといいですね。


eienni.jpg
posted by サトウマリコ at 00:00| Comment(0) | 日記

2012年03月11日

これから

今日、午後2時46分、出先のある場所で時報とともに黙祷し、1年前の東日本大震災で命を落とされた方々のご冥福をお祈りしました。

真っ直ぐにその方向に気持ちを向けた時、心に蓋をしていたものが少し弛み、出てきました。

20年も前のことです。

それでも、昨日のことのように思い出されます。

3年間、沿岸の町で暮らしました。

そこで出会った、街並み、地元の人々、仲間、匂い、沢山の想い出。

その全てを考えること、どうにかしようとすることは私には途方もない作業のように感じていました。


個人的なことには目をそらしている部分もありましたが、1年間、毎日、少しずつでも現地の話を見聞きしてきました。

そして今日も、ご縁があり、ある講演を聴きに行ってきました。当日の夜にはボランティアセンターを立ち上げ、翌日には現地入りした方のお話です。それから、南相馬市から盛岡に避難されている方の生の声も聴かせていただきました。


非力でも、微力でも、少しずつでも、これからきちんと向き合って、自分ができる心のケアに取り組み続けたいと決意を新たにしました。

ここのところ、何ができるか、どのような形でできるかを考え、またリサーチをしてきました。
「忙しさ」はその一部でもありました。
すぐには「形」にならないかもしれませんが、少しずつ「行動」に変えていきたいと思います。

自分にできることをする、そして、同じような思いをもつ皆さんと、力を合わせてやっていけるよう、お一人おひとりとの出会いをあらためて大切にしていきたいと思っています。
posted by サトウマリコ at 22:41| Comment(0) | 日記

2011年12月30日

新しい年にむけて

2011年が暮れていきます。
忘れられない年、と感じている日本人や、関心を持ってくださる世界中の方が多くいると思います。
私もその一人です。
そのことには変わりありません。

しかし、当たり前のことかもしれませんが、2011年が終わったからといって、その忘れられない理由を過去のことにできる、というわけではありません。
実際のところ、私は、本当に3月以降の出来事に向きあっているという自信がありません。

直視すると、耐えられないような気がして、目を逸らし続けていることがあります。
もっとできることがあるはずなのに、動いていない自分にもどかしさも感じています。

もどかしさを感じつつも、動けないことには私個人の理由があり、それはそれで認めようと思っています。

つまるところ、私自身は、これまでもこれからもどこかへ向かっていく途中、ということです。

それは、3月の震災についてだけではありません。

地球上には沢山の問題があります。
私たちはその全てに対して深く関心を持つことは難しい。

どうにか、自分のできること、するべきことを見極めて、やっていくしかないと思っています。

ここまでやってこれたのは、なんらかの形で関わってくださった多くの方々と、自分をとりまくいろいろな世界のおかげですね。
全ての経験に感謝しつつ、新たな年を迎えたいと思います。

このような心境のこの頃です。

PC290851.JPG


皆様は、どのような年末をお過ごしでしょうか。
新たな年を穏やかに迎えられますよう、お祈りしております。


posted by サトウマリコ at 19:06| Comment(0) | 日記

2011年10月09日

十三夜

PA090647.JPG

9月の十五夜の日に書いた記事の中で、話題にした「後の月」。
本日は日中も晴れていて、今も月が煌々と輝いています。

約束をしたわけではありませんが、写真を撮ったので載せてみます。

ふと、句を詠んだ8年前を思い出したりしています。
「季節」というものは、その温度や空気や風景から、くっきりと記憶を甦らせたりするものですね。

でも自分ではそう思っているだけで、記憶というのはもしかすると、事実とは多少違っているのかもしれません。

思い出は、時間が経った時すでに自分独自のものになっているような気もします。


寒暖の差が激しいこの頃。体調に気をつけたいものです。
posted by サトウマリコ at 22:51| Comment(0) | 日記

2011年08月26日

秋の気配

P8260115.JPG

今日は日記です。
絵日記ならぬ写真日記風に。

去年の盛岡の夏は、確か35度の日が続くなど、これまでになく厳しかったように記憶しています。
開き直って、昼はあまり出歩かないか、エアコンを効かせた車での移動でひと月過ごしていたような気がします。

そんな夏を予想して少し構えていた今年は、7月に入って厳しい暑さが続き、今年もか…と思っていたところ、台風が来て、一瞬涼しくなり、また暑くなりましたが、お盆を過ぎるとすっと楽になりました。
久しぶりに「お盆を過ぎれば暑さも和らぐ」盛岡らしい夏だったな、と思います。

それでも、暑くて運動不足が続いていたので、最近仕事の合間をぬって「散歩」を再開。
とりあえず、ウォーキングとは言えないスピードで、久しぶりに季節を感じながら歩いています。
P8260108.JPG

注文していた新しいデジカメが届いたので、早速試し撮りをしてみました。
前のも今回のもオートなのですが、数年経つと随分と性能も変わっているものです。
前のカメラでは、空を飛ぶ鳥は、ゴミのようにしか写らなかったけど、今回のは一応鳥の形に見えます。
P8260098.JPG

秋らしい空になり、ゆったりと大きな鳥が風に乗り、植物は少し水分を失ったようにしおれ気味。
P8260096.JPG
P8260102.JPG

そして道端で会う猫や犬もなんとなく気が抜けたような、のんびりした感じ。
P8260116.JPG
P8260104.JPG

季節がゆっくりと変わっていきます。

私は爽やかな新緑の5月や、今頃から10月くらいにかけてが過ごしやすくて好きです。
つまりエアコンも暖房もいらない時期なのですが、単に体が楽というだけでなく、はっきりした「夏」や「冬」という季節よりも、少し曖昧で、ものごとが変化していく感じが伝わってくるからかもしれません。

この数ヶ月で、変化したこと、しなかったこと。
仕事、家族、趣味、とそれぞれにあります。これからも、きっと変化の連続だと思います。
P8260110.JPG

変化しつつも、大きな鳥のように風に乗って、力を抜いて逆らわず、楽な気持ちで移動できるといいな、と思います。
posted by サトウマリコ at 21:47| Comment(2) | 日記

2011年06月11日

雑記 「時間」・「想い」

CIMG6209.JPG

震災直後は、あれこれと考えることの方が多かったのですが、徐々にカウンセリングの仕事が忙しくなってきました。今は本来の自分の仕事に集中しています。

最近のお気に入りアイテムはキッチンタイマー。といっても、きっちり時間を計って料理をするわけではなく、もともと講座での実習用に準備したものです。
パソコンでの仕事をする時に、30分で必ず立ち上がり、少しでもストレッチをすると大分楽なのです。
もしかすると、この細切れ休憩は、パソコン仕事以外でも役立つヒントになりそうな気がします。

*

同じ30分でも、その時していることによって、感じ方が違います。
そろそろ30分かな?と思ってタイマーを見てもまだ10分近く残っている時もあり、逆に、突然アラームが鳴り、一瞬何の音かピンとこないほど何かに集中している時もあります。

「時間は誰にでも平等なもの」とは、私の心に刻まれた人生の先輩の言葉。
その先輩は、皆で行動する時は、予定をきちんと決め、次の集合時刻をきちんと伝えます。
誰かの気分や都合に振り回されることなく、また、お互いに様子を察しあう必要もなく、とても明快なルールなので、私にとって先輩の指示はとても助かります。
先の言葉は、時間は共通である、という意味もあると思いますが、いたずらに他人の時間を奪ってはいけない、という意味もあると感じています。

*

平等なはずの時間が平等ではない結果をもたらしていると感じている方が多いのが今の日本ではないでしょうか。

支援の状況。避難の状況。被害の状況。違うことにより、不穏な空気が流れる場合もあると思います。



震災の痛手を感じない日はない3カ月でした。

地震が起きた時刻は同じ。
でも、その日から今までに流れた時間の感じ方は、きっと一人ひとり違うことでしょう。

休む間もなく考える間もなく必死で動いている方。
体は動いていても心の中は茫然と立ち止まったままの方。

あの出来事は、「東日本大震災」という一つの名前ですが、そこから始まった物語は誰一人として同じではないはずです。

密かに尊敬する神戸のカウンセラーの方が、ネットで「今までに(カウンセリングの中で)震災の話がでなかった年はない」とおっしゃっていました。

どんな出来事を、どれくらいの時間をかけて、どのように受け止めていくかは、おそらくその方の人生の流れにのっていくものだと思います。

人と比べて焦ったり複雑な感情を持つことがあるかもしれませんが、割り切れないこと、前向きになれないことで自分を責めず、その人自身のペースで時間を過ごしていきたいものです。


今、カウンセラーとして思うことは、今回の震災で「浮き彫り」になったことは沢山あるのですが、一人ひとり固有の物語は、震災前も、その後も、同じように続いているということです。
震災前もいろいろな「格差」があり、個人のパーソナリティも「違う」のが当然であり、その中で、様々な問題と向き合っている人がいるわけです。

もし、その問題が「心」や「感情」のことなら、私にもお手伝いできることがあると思います。

今後も精進して、カウンセラーとしての仕事をさらに高めていきたいと、最近あらためて感じているところです。
posted by サトウマリコ at 22:11| Comment(2) | 日記

2011年02月01日

20年前のこと

CIMG5633.JPG

ちょうど、20年前の今日、私は20歳最後の日を迎えていました。

さすがにその日のことまでは、覚えていませんが、20歳の時に出会った40歳の男性との会話をふと思い出しました。

その方は、高校の先生をしていましたが、どこか独特の雰囲気がありました。
ある日、その先生が受け持っている高校生のことについて話を聞いていました。歳が近いせいか、自分も高校生の悩みに共感しながら考え込んでしまいました。
そして、最後にその方が言った言葉が鮮明に残っています。

「こんなふうに悩んでいるのは若いうちだけだ。オレなんか今、40歳で、何にも悩みがないよ。この歳になるとね、まるで平原みたいに平らで何にもないんだよ」

私はまるで、その視線の先に本当に平原が広がっているように感じ、けれど悩みでいっぱいの自分には、本当にそんなことがあるのか、と実感のわかない話でした。

で、あっという間に、その年齢になったわけです。

果たして40代は平原でしょうか。
決して平原ではないような気がします。
でも、その人が言った意味が今なら少しわかるような気がします。

誰でも同じ、というわけではないのだと思います。
40歳から夢を追いかけてわくわくしている人も、若い頃とは違った重い悩みを抱えている人も、いろんな人がいるはずです。

多分、その方にとっての40歳が平原だったのだと思います。
あの、遠くを見つめていた目は、恐らく10代や20代の子達に向けられた、励ましと羨望と何かに対する虚しさのようなものだったように思うのです。
熱く、だけどどこか醒めたところも心にあるような。

今は交流がないので近況を知らないのですが、私がこの日を迎えたということは、その方は60歳前後のはず。

それから、私が30歳の時に知り合った40歳だった人の思い出もあります。その方たちは、50歳。

歳をとるのは早いか遅いかだけで、皆平等なこと。
私の40代はどちらかというと、わくわくというか、新しい折り返しの準備期間を過ぎて、本格的に活動をする時期だと思っています。

それにしても思うのは、人はやりたいことはすでにやっていることが多いな、ということです。

10代、20代の頃は、やりたいことを探したり焦ったりしていましたが、今カウンセラーの仕事をしていると、似たようなことが多分昔から好きだったのだな、と思います。

先ほどの話に出てきた方以外にも、多くの違う世代・違う職業・違う価値観の人と付き合い、話を聞くことが好きでした。
そして先ほどのような、ちょっとだけ人生観が滲み出るような話をできることが嬉しかったのです。


今、将来のことで悩んでいる方もいらっしゃると思います。
これからいろんな経験をして、何かを探したり得たりすることも大切だと思います。
それと同時に「もう既にやっていること」に気づくこともポイントになると思います。
きっと、「好きなことは既にやっている」場合が多いような気がするからです。

そんなことを思いながら過ぎていく40歳最後の夜です。
1歳の違いが年々大きくなっていくような気がします……。
posted by サトウマリコ at 22:18| Comment(4) | 日記

2010年12月30日

大人のしごと

子供の頃、お正月というのは楽しみな日であったり、特別な日だったり、のんびり過ごしてもいい日、だったような気がします。

その頃、大人になったらそれだけではないと、漠然とでも想像できていたでしょうか。
あまりそんなことは考えていなかったかもしれませんが、心のどこかでは、大人たちの様子を見て、感じていたかもしれません。

年末は、決して嫌なわけではないけれど、やらなければならないことが多いものです。
別にやらなくたって、なんともないこともあるのでしょうが、いろいろなけじめみたいなものですね。
掃除やいろいろな準備もありましたが、たまにしか会えない親戚の顔を思い浮かべながら贈り物を選んだり、というのも幸せな時間のような気がしました。
今年残りわずかな時間、私のすることは里帰りの荷造りのみです。

夕食を食べながら、少し今年を振り返ってみました。
私的には、手術で始まった年でした。
約一年経って、思うことは、周りの方々への感謝が一番大きいです。
手術というのは自分自身には大きなことなので、気持ちの上で余裕がなくなってしまうものですが、今になって思うと、身近な方々、カウンセリングに来てくださっている方々には、ご心配をおかけし、沢山の配慮をいただきました。
ありがとうございました。
おかげさまで、病気そのものはなくなったわけではありませんが、かなり生活のクオリティが上がったと思います。


大人になると、いろんなしごとがあります。
生活をしていくための仕事もそうですが、大人としての務めみたいなものがあるような気がします。

自分に与えてもらった務めを果たせるよう、来年も一つひとつ頑張っていきたいと思います。
皆さんもよい年をお迎えになりますように。
posted by サトウマリコ at 21:15| Comment(4) | 日記

2010年10月29日

秋の散歩

101022_154831.jpg


今度は急に寒くなりました。
皆様風邪をひかずにお過ごしでしょうか。

予報によると、今日だけは天気がいいようです。
気持ちがよかったので、朝、少しだけ散歩をしました。
(格好は一応スポーツっぽいのですが、ウォーキングというのがおこがましい距離です・・・)

道の脇に雑草が生えていて、その草たちも、秋の気配を感じさせてくれます。
名前がなんというのかわからないのですが、秋になるとよく見る、見覚えのあるいくつかの種類。
ススキのようなものや、穂先がげじげじみたいなものや、他にもいろいろ。

こういう草を、子供の頃、歩きながら何気なく手で触れた記憶が甦りました。
手が持っている記憶が、うずうずします。その草を同じように触りたい。

だけど、届かないんです。

当たり前ですが、もう子供でなくなった私は、歩きながら手を伸ばしただけでは道端の草に届きません。
子供の頃は、ただ、手をちょっと脇に伸ばすだけで、草に触れることができて、ぽんぽんと触りながら歩いていても不自然ではありませんでした。
今は、わざわざ立ち止まってするほどのことでもなく、ただ物足りない気分で眺めながら歩を進めるのみです。

いつの間にか自分は成長したんだなあ、と思いかけて、少し考え直しました。
「成長した」のではなく「背が伸びた」が正解じゃないかと。
成長したかどうかは、別の話かなあ、と思います。

「大人になった」私は、少なくとも子供の頃に比べると、「成長した」と考えるのが自然のような気はします。

だけど、子供達と触れ合った時に感じる独特の純粋さにはっとさせられることもしばしば。
子供はシンプルに大事なものを見る目を持っているな、と感じます。

大人になることは、確かに知らない世界を知ることであるけれど、その世界がもし汚れていたら、単に「汚れた世界に慣れる」だけであって、それを成長というのかなあ……。

成長というのは、ただ背が伸びるだけでも、歳を取っていくことでもなく、絶対的な観点で自分を高めるとか乗り越えるとか、そういったことをいうような気がします。

子供達やスポーツ選手を見ていて「ああ、成長したなあ、、してるなあ」と実感することはあります。

果たして自分はどうだろう。
そんなことを考えながら、秋晴れの空の下、もくもくと歩を進めるのでした。
歩いていると、頭が暇なのかどうもいろいろ考えてしまいます。


知っている方の訃報を知りました。
この世に鎮魂歌があることの有難さを今日ほど感じたことはありません。
posted by サトウマリコ at 19:03| Comment(0) | 日記