2011年03月17日

震災 心のケア 「様々な気持ち」

未曾有の大震災が起きました。続いて、津波、原発事故と日本は大きく揺れ動いています。

まずは、被災した方々に、心からお見舞い申し上げます。


今、カウンセリングセンターとしてできることを考えているところです。
盛岡心理カウンセリングセンターのホームページも合わせてご覧いただければと思います。
http://counseling-center.jp/

私自身、岩手県内陸部で強い揺れを感じ、約30時間ほどの停電、約1日の断水、物資の不足などを経験し、また現在も引き続き非常時は続いております。

その中で、さまざまな情報収集、そして自分の体験を通して、感じたことを少し書きたいと思います。


今の皆さんがどのような心の状態にあるか、想像しながら、いくつか挙げていきたいと思います。


まずは、今現在生命の危機に立ち向かっておられる方。
おそらく、目の前の、ご自身が生存する術としての一つひとつのことに集中していらっしゃることと思います。
もし仲間が周りにいらっしゃるのであれば、お互いに声をかけあって、一緒に知恵を絞り、今の状況に立ち向かっていること願っています。


次に、救助やライフラインに関する業務、その他統率的な職務に当たっておられる方。
使命感を背負い、懸命に頭を働かせ、体力の限りを尽くしていらっしゃることと思います。
立場上、弱音を吐くことなく、無理を押してでも、職務を遂行されていると思います。
お気持ちはあっても、人間ですから何十時間も動き続けることはできません。判断力も鈍ります。
強制休養をとり、ローテーションを組み、パートナーを組み、ご自分の体を大切にすることも仕事の一部だと思って、休むことに罪悪感を覚えないでほしいと思います。


被災はしたけれど、ある程度落ち着いた環境におられる方。
自分よりもっと大変な経験をされた方を身近に感じているかもしれません。
ご家族やお知り合いを亡くされた方、そして、そういう方を知っているという方も多くいらっしゃると思います。
そういった多くの方が感じるのは、罪悪感だといいます。
自分だけが助かった、自分ばかり楽になったことに対する罪悪感です。
今はそれが自然な感情なのだと受け止めて、生活の物理的な安定と共に、ゆっくりと気持ちを落ち着かせていけることを心にとどめていただければと思います。


被災した方を心配していて、何かをしたいけれど、どうしたらいいのかわからない方。
その中でも、いくつかの立場があるかと思います。

まず、被災地の方。同じ被災地でも、状況はそれぞれに違うと思います。自分の生活を守ることで精一杯の方、誰かを助ける余力が少しでもある方、日常の業務に従事する方……。
そして、被災地外の方。その中には、被災していなくても、さまざまなニュースから、自分の生活に不安を感じている方もいらっしゃると思います。
また、全く変わらない日常の中で、ニュースなどから現地の様子を知り、心配している方もいらっしゃると思います。おそらく世界中にいるのではないでしょうか。

皆さん、それぞれの立場で、自分が何をしたら役に立つのか、自問自答しているのではないかと思います。
中には、直接現地に行こうとする方もいらっしゃるでしょうし、自分ができる範囲で、節電、募金などの行動を起こす方もいることと思います。自分が得意とすること、普段の仕事をすることで、間接的に応援してくださる方もいらっしゃると思います。また、ネットやメールなど、様々な方法で励ましのメッセージを送ってくださっている方もいらっしゃいます。
それでも、困っている人がいることを知っているのに、自分が役に立てないことをはがゆく思われる方もいらっしゃるかもしれません。

他人の行動を見て、何が正しいのか、と議論になることもあるかもしれません。
テレビを見て、腹を立てている人もいるかもしれません。

でも今は、それでいいのだ、ということを知っていただければと思います。
今、自分がよいと思った方法で、自分ができることをする。意見を述べることも含めて、です。
それで、悪いことなどありません。
もちろん、一般的なマニュアルとして、支援活動の障害になるような行動は避けるよう配慮したうえでのお話です。それさえ理解していれば、人を助けることには、いろいろなやり方があってよいのだということを、ご自身で納得していただけるとよいのではないかと思います。


私は今、心のケアを専門とするものとして、これまでに得てきた知識だけでなく、もっと現実的な話を聞きたいと思い、阪神淡路大震災を経験された方とコンタクトをとっています。
情勢から目を離さず、何ができるかを考えています。
そして、自分自身がなるべくよいコンディションで仕事をできるように努めています。

参考になったブログをひとつ紹介させていただきます。

被災者の役に立ちたいと考えている優しい若者たちへ〜僕の浅はかな経験談〜
(URLを4月8日に削除しました)


この非常時を乗り越え、皆でいたみ(痛み・傷み・悼み)を分かち合い、希望を分かち合って、生き続けることを切に願っています。
それが、今生きている私たちにできることなのではないかと思います。




2011.3.17 21:10 追記

上で紹介したリンク先のブログの筆者が、今月23日をもって、当該エントリーを削除することを表明しています。一部、趣旨を誤解されるかもしれないことを危惧してのことだそうです。
筆者が許可をしておりますので、一般の方のコメントは掲載せず、本文をコピーさせていただきたいと思います。
尚、この文章は、「このエントリーはボランティア自体を否定したものではなく、どうせならより効果的な参加方法を、冷静に模索して欲しい」ことを伝えようとしていること、マスメディアへの転載は遠慮してほしいとの筆者からの補足がありました。


(補足部分からの抜粋)
いただいたご意見の中で、私が最も深刻かつ意外に感じた誤解は、「『僕』が、現地ボランティアは害悪だから、素人は現地に行くべきではないと論じている」というものです。

確かに私は文章中で、素人が現地に行っても邪魔になるだけだ。と書きましたが、これはあくまで災害発生直後の「救出フェーズ」に「無組織で」乗り込むことの非効率性を書いたつもりでした。
これに対して、「いや私はその状況で乗り込んで役に立ったのだ」という意見に対しては私はとても嬉しく感じています。
以前も書きましたが、この問題にはこれという正解はありませんので、全ての判断・経験が平等に尊重されるべきだからです。

しかし、「現地ボランティア自体を否定している」
「募金の方が現地ボランティアよりも崇高であると言っている」
という誤解は、今後のボランティア行動全体に水を差してしまう危険性を感じました。
これが私が深刻に思った理由です。


(以下、ブログ本文です)

阪神大震災が起きたとき、僕は高校3年生で、しかもセンター試験の翌日だった。
遠くから沢山のトラックが走ってくるような、不気味な音が夢うつつに聞こえ、気がつくと家全体が揺れていた。父親にたたき起こされて玄関を開け、ガスを閉めてTVをつけると、阪神高速が崩壊していた。家が揺れた恐怖と、テレビの実感の無さと、街中の静けさが記憶に残っている。

その日は登校してセンター試験の自己採点を行い、二次試験のための面談をしなければならなかった。僕は迷ったが、結局自転車で出発した。大阪城の堀から水が溢れ出していた。

学校に着くと全てがいつもどおりで、来ていない生徒もいたが、先生は特に何も言わなかった。粛々と自己採点し、粛々と面談が行われた。僕達の仲間で三宮と西宮に住んでいる友人がいたのだが、さすがに登校はしていなかった。昼休みに仲間3人で、二次試験が終わったらボランティアに行こうと話をしていた。

下校時刻になって、担任の物理教師がおもむろに話しだした。
「今回の震災で我校の教師や生徒も被災者となり、登校できない人がいます。センター試験が終わり、受験生としての役目を終えた人もいると思います。あなた方の中には、正義感や義侠心に駆られて現地に乗り込む人もいるでしょう。それは間違ったことではありませんが、正直に言えば、あなた方が役に立つことはありません。それでも何かの役に立ちたいという人は、これから言う事をよく聞いてください。

まず食料は持って行き、無くなったら帰ってくること。被災地の食料に手を出してはいけません。
寝袋・テントを持っていくこと。乾いた床は被災者のものです。あなたがたが寝てはいけません。
作業員として登録したら、仕事の内容がどうであれ拒否してはいけません。集団作業において途中離脱ほど邪魔なものはないからです。
以上の事が守れるのであれば、君たちはなんの技術もありませんが、若く、優秀で力があります。少しでも役に立つことがあるかもしれない。

ただ私としては、今は現地に行かず受験に集中し、大学で専門的な知識や技術を身につけて、10年後20年後の災害を防ぐ人材になって欲しいと思っています。」

言葉の端々は忘れてしまったが、教師が言いたかったことは今でもはっきり憶えている。

結局僕たちは、物理教師の言ったとおり、なんの役にも立たなかった。
配給のパンを配って回ったり、お年寄りの移動に付き添ったり、避難所の周りを掃除したり、雑用をさせてもらったが、持っていった食料は5日で尽きた。風呂には入らなかったが、寝るところは防犯上困ると言われて避難所の中で寝た。生活のインフラ整備や瓦礫除去作業は、消防や自衛隊があ然とするくらい力強く、迅速に問題を解決していった。僕達の存在は宙に浮き、遊び半分で来たボランティアごっこのガキ扱いをされていた。実際手ぶらで現地に入って、汚い仕事を嫌がるような若者はたくさんいたし、そういうグループと僕達が、能力的に大きな差があったかというと、とてもそうとは言えなかった。
僕達が現地で強く学んだことは、「何かして欲しい人」がいて「何かしてあげたい人」がいても、事態は何も前進しないということだった。人が動くためには、「人を動かす人」が必ず必要になる。社会人なら常識として知っている事さえ、僕たちは知らなかった。

僕達は現実に打ちひしがれて現地を離れ、浪人を経て京都の大学生になった。そして被災地への情熱も無くなっていった。結果的に僕達の正義感は、ハリボテだったのだ。正直に告白し、反省する。僕たちは、神戸への気持ちを、たった一年間も持続させる事さえできなかった。

今回の震災で、被災した人の役に立ちたい、被災地のために何かをしたい、と感じている若い人達がたくさんいると思う。でも慌てないで欲しい。今、あなた方が現地で出来ることは、何一つ無い。現地に存在すること自体が邪魔なのだ。今は、募金と献血くらいしか無いだろう。それでも立派な貢献だ。胸を張って活動して欲しい。
そして、是非その気持を、一年間、持ち続けて欲しい。もしも一年経って、あなたにまだその情熱が残っているなら、活躍できるチャンスが見えてくるはずだ。仮設住宅でのケアや被災者の心の病、生活の手助けなど、震災直後よりも深刻な問題がたくさん出てくる。そういった問題を解決するために、NPOなどが立ち上がるだろう。その時に初めて、被災地は「何も出来ないけど何かの役に立ちたいと思っている、心優しいあなた」を必要とするのだ。もしかするとそれが、あなたの一生を変える大きなきっかけになるかもしれない。

結局僕は紆余曲折を経てGISの技術者になり、専門分野は違っても、多少なりとも防災の分野に寄与できる立場に辿り着いた。あの頃よりも、少しは人の役に立てるようになったんじゃないかなと考えている。
posted by サトウマリコ at 12:24| Comment(2) | 震災 心のケア
この記事へのコメント
マリコさん。ありがとう。

大槌の親戚は家を失ったり、行方不明。
沿岸部の学校の元同僚たち、どうしてるのか。
大学の仲間もほとんど教員。宮城県沿岸部に勤めてる人たくさん。

停電した地震直後は自分のことで精一杯だった。
ネット開通したあたりから、私だけ暖かい家でご飯食べて、ピアノ弾いたり教えたりしていいんだろうか?被災地に居るわけでもないのに、不安感に押しつぶされそうでした。
福島原発24`地点に実家がある親友もいます。

心を落ち着け、今自分にできることをやります。
この記事、自分のブログに載せさせていただきました。<(_ _)>
Posted by さくらら at 2011年03月18日 10:07
>さくららさん

被災地域にお知り合いが沢山いらっしゃるのですね。私も、近年親しくしていなくても、沿岸に住んでいたことがあるので、沢山の人の顔が浮かびます。でも、一人ひとり確認できない今の段階では、胸がしめつけられる想いですね。

私も、さくららさんと同じような心境でした。

少し落ち着いてくた時点では、芸術は人のいたみを慰めてくれる優れたものだと感じます。ピアノの音にどれだけ癒されることでしょう。明るい気持ちを取り戻せることでしょう。

心配する気持ちを持ちながらも、自分達ができることは、迷わず一生懸命やりましょう。

ブログ転載、ありがとうございます。
訪問数が多いブログにリンクさせていただけると、本当に助かります。
Posted by サトウ at 2011年03月18日 23:43
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