2010年10月29日

秋の散歩

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今度は急に寒くなりました。
皆様風邪をひかずにお過ごしでしょうか。

予報によると、今日だけは天気がいいようです。
気持ちがよかったので、朝、少しだけ散歩をしました。
(格好は一応スポーツっぽいのですが、ウォーキングというのがおこがましい距離です・・・)

道の脇に雑草が生えていて、その草たちも、秋の気配を感じさせてくれます。
名前がなんというのかわからないのですが、秋になるとよく見る、見覚えのあるいくつかの種類。
ススキのようなものや、穂先がげじげじみたいなものや、他にもいろいろ。

こういう草を、子供の頃、歩きながら何気なく手で触れた記憶が甦りました。
手が持っている記憶が、うずうずします。その草を同じように触りたい。

だけど、届かないんです。

当たり前ですが、もう子供でなくなった私は、歩きながら手を伸ばしただけでは道端の草に届きません。
子供の頃は、ただ、手をちょっと脇に伸ばすだけで、草に触れることができて、ぽんぽんと触りながら歩いていても不自然ではありませんでした。
今は、わざわざ立ち止まってするほどのことでもなく、ただ物足りない気分で眺めながら歩を進めるのみです。

いつの間にか自分は成長したんだなあ、と思いかけて、少し考え直しました。
「成長した」のではなく「背が伸びた」が正解じゃないかと。
成長したかどうかは、別の話かなあ、と思います。

「大人になった」私は、少なくとも子供の頃に比べると、「成長した」と考えるのが自然のような気はします。

だけど、子供達と触れ合った時に感じる独特の純粋さにはっとさせられることもしばしば。
子供はシンプルに大事なものを見る目を持っているな、と感じます。

大人になることは、確かに知らない世界を知ることであるけれど、その世界がもし汚れていたら、単に「汚れた世界に慣れる」だけであって、それを成長というのかなあ……。

成長というのは、ただ背が伸びるだけでも、歳を取っていくことでもなく、絶対的な観点で自分を高めるとか乗り越えるとか、そういったことをいうような気がします。

子供達やスポーツ選手を見ていて「ああ、成長したなあ、、してるなあ」と実感することはあります。

果たして自分はどうだろう。
そんなことを考えながら、秋晴れの空の下、もくもくと歩を進めるのでした。
歩いていると、頭が暇なのかどうもいろいろ考えてしまいます。


知っている方の訃報を知りました。
この世に鎮魂歌があることの有難さを今日ほど感じたことはありません。
posted by サトウマリコ at 19:03| Comment(0) | 日記
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