2010年08月04日

本の紹介「働きすぎに斃(たお)れて」

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「働きすぎに斃れて」 ―過労死・過労自殺の語る労働史
著者 熊沢誠
発行所 岩波書店
2010年2月18日 第1刷発行


著者は、膨大な資料をもとに374ページに及ぶ本編を書き上げています。
それは、労働研究の専門家として「客観性」を大事にするごく当たり前の姿勢からきているものかもしれません。
しかし、著者がこの本で大事にしているのは、客観性のみならず、個々の物語だともいえます。
その理由は、法廷では問題にされなかったような事実を抜きにして本当の問題には辿り着けないと考えていたからではないか、と推察されます。

多くの章を具体事例、その家族の証言、法廷でのやりとりの記録に割き、その全体像を読者につきつけているように思います。
私は、この本を読みながら、その「つきつけられたもの」に思わず目を背けてしまいたくなることがしばしばありました。

物語性を大事にしながらも、客観的資料の提示を怠らない内容からは、過労死された方の、具体的な勤務内容が伝わってきます。

何時間連続勤務、月残業何時間、プライベートと職場の境目の無い労働、年間何日以上・何カ国の海外勤務、もちかえり残業、生産量・品質・契約高、納期などのノルマ、管理者としての責任、要員の少なさ、支援体制のなさ(ひとり作業)、成果主義のなか競争的となり同僚同士の助け合いの雰囲気がない、上司の言葉や態度による精神的な圧力、収入に占める基本給の低さからくる「自主的」残業。

この本に挙げられた、実際にあった上記の内容は、具体的にイメージしようとすればするほど、私の頭がそれを拒否しようとします。あまりにも過酷でイメージできないのです。

けれど、例えば、輸送業界でのトラック運転手の労働条件の過酷さ、工場の生産ラインの現場の過酷さ、博覧会場創設に関わる電気工事技師の肩にかかる膨大な負担、その他数限りない過労死裁判の具体事例から、私たちの便利な暮らしのかげに、どのような労働があったのか、という事実がはっきりと見えてきます。

私たちが普段の生活から想像できることというのは、例えば次のようなことではないでしょうか。

国内であれば、数百キロ離れた地域でも、2、3日で届く荷物。パソコンのキーをクリックして、次の日には届くモノ。スーパーやコンビニで手に入る菓子などをはじめとするさまざまな商品。次々に進化していく工業製品。乗り物に乗った時に見かける運転士や乗務員。病院で働く人。学校の先生。
そんな私たちの便利な暮らしのかげに、働く人がいるだろうことがぼんやりと想像できる……。

けれど、そのことはわかっていても、その一人ひとりが、トータルでどんな働き方をしているのか、まではわかりません。

しかし、この本を読むと、過酷な労働をしていた人たちの暮らし方がわかります。多くは家族の目から。そして裁判の資料から。

いくら出勤を止めても、病院に行くことを勧めても、「この仕事を終えるまでは」「自分がいなかったらまずい」といって、体を引きずるようにして家を出て行く、夫、父親、息子。
それでも企業側の多くは、命を落とすにいたった原因を個人の問題に求めようとしています。
けれど、その人たちは、そうせざるを得ない環境に置かれていたのだ、ということがこの本を読むとわかります。

その結果、働く人たちは、脳出血、心臓発作などで倒れていきます。鬱病と思われる状態に陥り、自ら命を絶ちます。
これは、殺人だ、と思わずにはいられませんでした。



なぜ、私がこの本に関心を持ったか少しお話をします。

カウンセリングの現場には、いろいろな年代、性別、立場の方がいらしてくださいます。

私はその度に、自分の経験や知識を総動員しながら、お話をうかがいます。

幼かった頃の自分、さまざまな人間関係、そういったことが、カウンセリングに来てお話してくださる方の世界へと自分を重ねていく助けになっています。
どんな年代のどんな立場の方へも共感する想いを感じられます。

しかし、私がカウンセラーという道を選んだきっかけを辿ると、この「労働」というところへ行き着くのです。

ある職場で、ある時、私は初めて自分の限界を知ることとなりました。
上の方の要因から選ぶと、勤務時間、ひとり作業、ノルマ(期限)、上司の圧力がありました。
けれど、周りを見渡すと、「みんな同じような環境でふつうに働いて」いるのです。

多少の環境の違いはあっても、多かれ少なかれ、きつい思いをしながら働くのが当たり前なのです。「家族を守るため」「やりがいを見出すため」「生きていくため」。

ですが「どこかに」自分の限界がある、というのは誰でも同じことだと私は思っています。たまたま限界がくるポジションにいないだけかもしれませんし、限界にならないよう要領を身につけている方もいらっしゃるかもしれません。
でも、誰しもが、限界を感じる(心で感じなくても、体や生活習慣にでる場合もあると思います)可能性はあると思います。

話を戻しますと、私が、「限界だ」と感じた頃というのは、ちょうど、日本の自殺者が三万人超えをした頃で、いろんな意味で、日本の労働環境から「緩さ」が吸い取られていくように感じ始めた頃でした。

自分自身が、なんとか生きることで精一杯でしたが、徐々に環境が改善され気持ちに少しゆとりができ始めた頃、確信しました。
自分以上に大変な思いをしている人が、きっと日本中にいるだろう。自殺を考える(にいたってしまう)サラリーマンが絶対にこれから増えていくに違いない、と。

リストラで仕事が見つからない人たちも大変、残された働く人たちも大変。しかも、その人たちは、こんなふうになった世の中をどうにかしようとか、何が起こっているのか、考える・知る余裕すらない中で、ひたすら泳ぎ続けるしかない状態なのです。

そんなことを、ぼんやりと考えていました。
でも、わかっていても、自分には大きすぎる問題で、やはり今の自分にできることは、自分の目の前にあることでしかありませんでした。



この本を手に取ったのは、あるブックレビューで紹介されていたからです。紹介者は、NPO法人もやい事務局長の湯浅誠さんです。年越し派遣村で一躍有名になった方ですが、その活動暦は1990年代にさかのぼるようです。

レビューの中の湯浅氏の言葉に『「ふつう」のサラリーマンたちがサバイバーに見えてきた』という部分がありました。
いたく同感して、この本を手にとったわけです。

この本の中には、私が以前、日本中にいるはず、と確信したサバイバーであるサラリーマンたちの記録が詰まっていました。

その記録は、すでにお亡くなりになっている方の記録です。
しかも遺族の方、弁護士の方が、大変な時間と労苦をかけて、裁判に臨み、ある方は勝訴、またある方は敗訴という結果がでたものです。

世の中が便利になった、そのかげに、きつい労働がある。それをしているのは、自分の夫かもしれないし、父親かもしれない。あるいは、男性とは限らず女性も沢山いることでしょう。

社会の大きなうねりを変えることは容易ではありません。
しかし、テレビや新聞だけでは知ることのできない、労働の「実態」を知ることは大切なことだと思います。
この本を著すことでさえ、著者は、大変なご苦労をされたと思います。そして、あとがきの中で『いま痛切に願うことは、できるだけ多くの現役の働き手たちが、執拗にすぎるほど紹介された死の事例を読むことを通じて、「これは私にも起こりえたことかもしれない」と、みずからの勤労の日々を顧みてくださることである。』と述べられています。

自分の身、家族の身に起こらないとは限らないこれらの記録は、貴重な一冊だと思います。


企業のメンタルヘルス、と謳われるようになって久しいように感じていますが、まだまだそれだけでは届かない部分、けれど、それがあることで救われる部分があることもまた確かだと思います。

カウンセラーとしても、できることから役にたちたいと思っています。

posted by サトウマリコ at 12:39| Comment(2) |
この記事へのコメント
自殺者3万人というのは本当に深刻な事態だと思いますし、それを未然に防ぐ対策や受け皿の整備がなかなか追いつかなかった側面もあり一筋縄の解決が難しいように思いました。

私たちは、体調を崩すと風邪を引いたりすることってありますよね。

それと同じように、心が重く、苦しいときには、心も身体と同じように風邪を引くときってあり、そういうときに病院やカウンセリングに行くことは、何らかのキッカケでだれにでも起こりうることではないでしょうか。

自分もこのような経験をしてカウンセリングを受け続けることで、この1年で抱えていた健康面などの大多数の問題を改善することができ、劇的にライフスタイルを変えることができ、カウンセリングについて終結を迎えることができました。

カウンセリングを受け続けた立場の観点から言えば、私自身カウンセリングで救われた人間で命さえ救われました。

だからこそ、カウンセリングのお仕事というのは社会的貢献度の高い仕事と思いますし、今は私自身、別な立場からこうしたリストラやワーキングプアなどで困っている方々をサポートするお仕事をしております。人からありがとうと感謝されて、感謝された分だけその対価として収入をいただけるのがすごく嬉しいです。
Posted by Hakucho at 2010年08月09日 00:30
>Hakuchoさん

コメントありがとうございます。
Hakuchoさんも、心が重く苦しくなった経験がおありなのですね。
簡単には語ることのできないご経験だったと思います。

カウンセリングを受け続け、健康面や他にも抱えていた問題を改善することができたとのこと。
カウンセリングがお役にたったことは、カウンセラーとして嬉しい話です。が、それ以上に、Hakuchoさんご自身が持っている力があればこそ、その力が引き出されて、終結を迎えるまでになったのだと思います。

命さえ救われた、との言葉、心に響きました。

Hakuchoさんも別な立場から困っている方々をサポートするお仕事をなさっているのですね。
カウンセリングだけでなく、様々な方面からのサポートが必要な世の中だと思います。
Hakuchoさんのご活躍をお祈りしています。
Posted by サトウ at 2010年08月10日 19:33
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