今朝できた拙句です
鳥帰る荷物心にのみ秘めて
まだまだ推敲の余地がありそうですが
鳥が好きで、毎年のように北へ帰る白鳥を見上げている私は、よくこの「鳥帰る」という季語を使ってしまいます。
昨日の岩手日報の夕刊に、W型で飛んでいく白鳥の写真が掲載されていました。
今日、朝からウォーキングに出ると、次々と白鳥隊が編成され、別れを惜しむように鳴き声を挙げながら飛んでいく姿を見ました。
写真を撮って載せたかったのですが、残念ながらプロのようにはいかず、空の中の黒い小さなゴミみたいにしか写らないので諦めました
句の解説をするのは無粋なのですけども。。
毎年毎年、怪我をしたり体力がなくて飛べない鳥が池に残り、次の冬まで仲間との再会を待っている。。というニュースを聞きます。
残される鳥、仲間を置いていく鳥、どんな気持ちなのだろう、と切なくなります。
でも、渡り鳥は、いくら心残りがあっても、時が来れば出発しなければなりません。
人間関係でも、思い通りにいかないことや、思惑通りに運ばないことが、ほとんどの人にあるのではないかと思います。
それでも、時は進んでいくし、上手く解決できない、すっきりしない気持ちを持ちながらも、日々の生活を送っていかなくてはならないこともあると思います。
時には相手との関係を修復できないまま、別れなければならないこともあると思います。
いろんな思いを心に携えながら、鳥たちが身ひとつで空を渡っていくのを、人も見習わなければならないことがあるかもしれない。
そうしないと、ずっとマイナスの感情を持ち続けたまま、次の一歩を踏み出せなくなることもある、そんな気がします。
もしどうしても解決できない問題につきあたったら、「形での解決」はできなくても、せめてその感情が、時間をかけて、自分の中でよいものへと変化していくことを願ってやみません。
撮影のしかた、本当に見事で決定的瞬間を撮ったと思いました。鮮やかな写真でした。ご指摘のように、心残りがあっても、出発すべきときが来て出発しなければならないさまが描かれているように写真を見て感じました。
確かにマイナスの感情を引きずって次の一歩を踏み出せていない時期ってあったように思います。時にそういうことで傷つくこともありました。
思い通りにいかない経験や、思惑通りに運ばない経験、時として相手との関係を修復できず別れるという経験って生きている以上不可避だと思うんですね。過去ってだれも変えることってできないじゃないですか。実は、こうした経験をしたあとが大切なんですよね。
いろいろな思いを心に携えながらも、鳥たちが身ひとつで空を渡っていくような気持ち、自分自身が忘れていたように感じました。実際にそういう気持ちで行動に移すとなるとまだまだ自分ができるのか自信がないところもありますが、こうした感情を自分の中でよいものに変えていく心がけってするのとしないのでは大きな差が出るということを教わりました。
コメントありがとうございます。
普段の生活で、つい心理的なことに繋げて考える癖があるので、つらつらと書いてしまうのですが、Hakuchoさんの生活に当てはめて何か感じることがあるのでしたら、幸いです。
半分は、書いている自分自身に向けていることもあります。
私もできないことや、自信のないこと、まだまだ沢山ありますので。
そういうことがあるからこそ、心理学の勉強もいつまでも意欲がつきないのかもしれません。
どの分野でもそうかもしれませんね。
完璧にできてしまったら、次に進む道が見えなくなってしまうかも、と思います。