2009年09月11日

がんばる前に

CIMG2640.JPG

最近私はがんばっていることがあります。
それが何なのかは、あえて伏せます。
発表するほどのことでもないし、、というのもありますが、具体的なイメージがないほうが、皆さんに自由に想像してもらえるメリットもあるかと思いますのでドコモポイント

その「がんばっていること」を始めたのは、約2カ月前でした。

それを「やろう」と決めたのは、約3年前でした。

もっと遡って、そんな感じのことができたらいいな、と思ったのは、約8年前でした。


もし、この話を他人のこととして聞いたらどう思うかな、と想像してみると、、こんな疑問がわきます。

「なんでもっと早くやらなかったの??」です。

やる方法はいくらでもありましたし、それをすることを勧めてくれる人、誘ってくれる人も何人かいました。時間も作ろうと思えば作れたかもしれないし、機会も作れたでしょう。

でも、長い時間、私にはそれを行動に移すことができませんでした。

最初に言ったように、それはオリンピックにでるとか、甲子園に行くとか(ちょっと大げさすぎますが)、そういうものすごく特別な類のものではありません。

多くの人がやろうと思えばできる「習慣」です。
しかも、それをすると、メリットのほうが多い習慣です。


ところで皆さんにも、このように「やろうと思っているんだけどなかなかできない」または「やめようと思っているだけどなかなかやめられない」という習慣がありますか?

もしあるとしたら、何故できないのだと思いますか?
「意志が弱いから」
「忙しいから」
「気持ちの余裕がないから」
いろんな理由が浮かぶかもしれませんね。
そして、心の中で「もっと頑張らないとだめだなあ」と呟いているかもしれません。



そしてみなさんの周りに目を向けると、「あと少しでもいいからがんばって○○したらいいのに」と感じさせる人はいませんか?

そんな人を見ているとどんな気持ちになるでしょう。

「たったこれだけのことが何故できないの」
「甘えているんじゃないのかしら」
「本当にだらしないんだから」
そんな気持ちが浮かぶことがあるかもしれませんね。
そして、時には声に出して本人に伝えてしまうかもしれません。
「もっと頑張りなさい!」



できない自分を感じると落ち込むし、やらない他人を見るとイライラするし。。
日常で感じる不快な気分のひとつですね。

ところで、どうすれば人はがんばれるのでしょうか。
あるいはどんな時に人はがんばるのでしょうか。

ちなみに、私がカウンセリングをしていて、冒頭のような話をクライエントさんから聞いたとしたら、おそらくこんな質問をすると思います。
「へぇ〜、何年もできなかったことが、一体どうしてできるようになったの? 今までと何が違うの??」

それに対する答えは、間違っても「前より気合を入れて頑張ることにしたからです」ではないと思います。
気合を入れて頑張ることができるなら、何年もそのままになっていなかったはずです。
しかも、あきらめるのならとっくにあきらめていたと思います。

「やろうと思い続けながら(あきらめていない)、何年もやれない状態を維持してきた」ことがポイントなんです。

私ができるようになった理由は、ひとつではありません。
でも、以前に比べると何かが変化し、そしてきっかけがあり、自分の中から自然にエネルギーが湧き出るような感覚で、機が熟したことを感じます。
「がんばるための何か」を得た、という感覚に近いです。



他人が思うように動かない、ということがかなりの重荷になる場合があります。
自分と利害関係のある職場の上司・同僚、取引のある人。
夫、妻、嫁、姑。
そして何より自分が育てている子ども。

その人のことをよく見てあげてください。
なぜ、「動かない」のか。「がんばらない」のか。
それは、もしかすると「動けない」「がんばれない」のではないか。

もし、後者だとしたら、動き出すまでに「何か」が必要なのかもしれません。
多分それは、叱咤、激励、説教とは別のものではないかと思います。
それが何なのか、ひとつの答えは出せませんが、おそらくあたたかい温感のものではないでしょうか。



花巻東高校のピッチャー、菊池雄星くんは、今かなりの注目を集めています。野球の技術だけでなく人間的な言動が、人々を魅了するようです。

その言葉のひとつにこんな一節がありました。
「今こうやって考えてみると、ここまで野球を続けることが出来たのは、自分の力でも、自分の素質でも全くなく、支えて下さっていた周囲の方々との出会いに、本当に恵まれていたからだと思います」

仲間や指導者、いろんな人との出会いが彼ががんばる元の力になっているのだと感じました。



人が「がんばる前の何か」に出会うには、時に時間がかかることがあります。

その何かを探しながら、毎日を生きることに意味があるのかもしれません。

すぐにできない自分や、すぐにできない誰かに、しびれを切らしそうになることがあるかもしれませんが、時間は確実に流れていきます。
その流れを優しく見守ってあげること・つきあっていくことも、簡単ではないかもしれませんが、大事なことだと思います。

posted by サトウマリコ at 12:05| Comment(4) | ココロ
この記事へのコメント
今、小説を書きたいです。
でも、動けません。毎日がいっぱいいっぱいで。
でも、何かをきっかけにまた書けるのかなぁ。
Posted by まさやん at 2009年09月16日 00:25
>まさやんさん

ブログに書いたことのほかにも、まだ始めていない「がんばりたいこと・やりたいこと」がいくつかあります。そのひとつに私も小説が入っています。毎日、少しの時間だけど、こんなのどうだろう…って思う瞬間があります。そして、毎日別のことをしながら時間が過ぎていきます。

まさやんさんも、書きたい気持ち、持って歩いているのかな。
いつかまた読ませてもらうこと、読んでもらうこと、夢見ています。
Posted by サトウ at 2009年09月18日 17:42
ほんと、菊池雄星くんはじめ花巻東の選手は野球の選手として長けているだけでなく、人間的にもしっかりしていると思います。今の高校生の模範となる方たちですね。

野球って基本プレーがきちんとできないと、当たり前のことが当たり前にできないと上達しないじゃないですか。人生においても当たり前のことが当たり前にできる、基本を大切にするって大切なことですし、スポーツを通してそういうことを学んでいければいいのではないかと思います。

Posted by Hakucho at 2009年12月31日 01:53
読書家との評判だけあって菊池選手の言葉は何だか人生訓に聞こえる時がありますね。
そして、18歳の子に言われて耳がいたいことも。
毎日のトレーニング、スポーツでなくとも、たとえば朝起きて、部屋の空気を入れ替えるところからスタート。。そんなことを続けることから、がんばる力も生まれてくるのかもしれませんね。
Posted by サトウ at 2010年01月03日 19:00
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