2009年05月21日

カウンセリングルームの窓8

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もうすぐ、セラフィとしての活動は幕を閉じます。私のカウンセラーとしての活動は継続していきますし、いろいろな角度から考えたうえで、よりよくなっていくための変化ですので、今は新しいカウンセリングルームでの活動を楽しみにしているところです。

……といっても、自分の思いを全面的に託したセラフィの運営でしたから、なんとなくですがこの頃は「振り返り」の時間が多くなったように思います。今日も、声をかけていただいた先輩とカウンセリングについていろいろ語り合いながら、自分がどんな思いでカウンセリングルームを開いたか、ということをあらためて思い出しました。もちろん、カウンセリングルームを開くということは、コンセプトをしっかりさせていきますから、これについては、ぼんやりしたものではなく、何度も何度も自分の中で確認したことです。そして、日々のカウンセリングで、そのコンセプトが実現できているか、ということについて感じる機会も多いです。

思い浮かぶままになってしまいますが、またカウンセリングルームについて書いていきたいと思います。



最近あらためて感じているのが、「やっぱり<カウンセリング>の敷居は高いんだな」ということです。


セラフィのカウンセリングルームは、性別問わずさまざまな年代の方に利用していただいています。

10代から60代まで、立場はいろいろ違えど、何かの目的を持って「カウンセリングを受けよう」という決意をなさった方々です。

そういう意味では、「なるべく敷居の低い」「どんな悩みでも話せる」カウンセリングルームにしたかった、という目的はある程度満たされているのかもしれません。
(ちなみに、このコンセプトは、私自身が、深く悩んだりした折々の分岐点で、こんな場所がほしかった、と望んでいたものを形にしたものです。)

来てくださる方の話を伺いながら、その方が必要としていたのは、精神科でもなく、行政の無料相談でもなく、学校や企業の中のカウンセリングルームでもなく、占いでもなく、教会でもなく、<この>カウンセリングルームでよかったのだ、と思うことが多くあるのです。

もちろん、今例としてここに挙げた場所がまさに必要な場合も沢山あると思います。
ただ、セラフィに来てくださった方は、この場所だからこそ、今この話をしていらっしゃるのだろうな、と感じるのです。

そういう意味では、潜在的なニーズもあったうえで、私のコンセプトがちゃんと伝わったのかな、と思えて、嬉しいことです。


で、最初に戻ると、それでも実際カウンセリングを受けにくる方は、人にもよりますが「思い切って」来ているのだな、と感じるわけです。

それは、カウンセリングに来る方と話していると、ほとんどの場合、本やネットで多くのことを調べていること。そして、できることなら、自分で解決したいと思い、そこで得た知識をもとに実践しようと試みた話からわかります。
(実際に、セルフカウンセリングのやり方、というような本などは多くありますし、私もコラムなどでちょこちょこヒントになる考え方を書いたりしているわけです。)

そして、カウンセリングに来たのは、本で読んでもその通りにできなかったから、という場合が多いのです。


そこまでしてから、やっと面談のカウンセリング受けようと思うことについては、「それはそうだろうな」と思います。
友達にも親にもできない話、まだ誰にも話したことのない話をしにいくわけです。
確かに他人だから、利害関係がないから話しやすい、ということはあるにしても、どんなカウンセラーにでも話せるか(正確にいうと話す気になるか)、というと、そうとは限らないと思うのです。

それは、私自身がカウンセリングを受けるとしたら、と想像すると容易に理解できます。もし、私がインターネットで調べて、どこかのカウンセリングルームを選ぶとしたら、間違っても検索して一番上に出てきたところ、という選び方ではなく、ひとつでも多くそのカウンセラーなりルームの情報を知り、信頼できそうだという手掛りを掴んだ上で選ぶと思います。
それも、よほど、その人の人となりや信頼性がわかるような何かがなければ、躊躇すると思います。

そして、仮に、あ、このカウンセラーさんなら良さそう、と思ったとしても、実際に申し込むのには、あとひとつ越えなければならないハードルがあるように思います。

それは、「自分の問題と向き合う」という、覚悟だと思うのです。
それがなければ、貴重な時間とお金を使う決心はつかないように思います。


カウンセリングルームを開いた頃は、「なんとか敷居を低くしたい。もっと気軽にカウンセリングを利用してほしい。カウンセリングって、受けてみると、心配しているよりもずっといいものかもしれないから、多くの人に知ってほしい。」そんなふうに思っていました。

でも今は、少しだけ変わったように思います。
利用してくださる方が、ここを訪れるまでに逡巡されたんだな、と感じる時、「もっと敷居を低くしなきゃ」と思うのではなく、敷居をまたいで足を踏み入れてくださったことに意味を感じるようになったのです。
カウンセリングを受けるまでには、どんなに低くしても、越えなければならない敷居があるように思うのです。

つまり、カウンセリングを申し込んだその時点で、既にその方の何かがプラスの方向に向かって動き出している、ということです。


だから、予約するまでの思いを巡らす過程も大切にしてほしいと思い、そうすると、私は「とにかくまずはいらっしゃい」と、来訪をせまるのではなく、<行こうと思った時にいつでも迎える準備をしておくことに腐心したいな>と考えるようになったのです。

ただ、よくいただく感想として、「本を読んでもよくわからなかったけど、話してみると、随分違うものですね。すっきりしました」といわれることがあるのですが、そんな時は、心の中で「そうでしょう、そうでしょう、言葉にして人に話すって、こんなに違うでしょう。だからもっと早くきてくれればよかったのに!」と思ってしまったりするのですドコモポイント

いずれにしても、カウンセリングを必要以上に怖れることなく、気持ちがモヤモヤするな、と思ったらぜひ利用してほしいですし、カウンセリングというものをもっと多くの人に知ってもらいたい、という気持ちは変わらずあります。
そのためには、もっといろんなことをオープンにお伝えする努力をこれからもしていかなければ…そんなことを最近思っていますドコモ提供
posted by サトウマリコ at 23:22| Comment(0) | カウンセリング
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