2006年10月28日

Pochiさんからの贈り物。

1028kuri.jpg

朝、まだ寝ぼけ半分の時間(といっても、早朝ではありません、、私が寝坊しただけです)に、電話が鳴りました。

電話の主は、以前絵手紙をくれた近所に住むPochiさんでした。朝、栗ご飯を炊いたからこれから届けてくれるというではありませんかぴかぴか(新しい)

栗ご飯って、なにより栗の皮と渋を向くのに手間がかかりますよね。
水煮を使ってもいいのかもしれないけれど、生栗を炊いたものは格別です。
Pochiさんから頂いた栗ごはんも、栗が元の大きさのままごろごろ入っていて、ふんわりとした甘味がご飯全体にしみていて、それはそれは贅沢な美味しい栗ご飯でしたわーい(嬉しい顔)

いいのかなあ、、苦労して炊いたご飯をいただいちゃって、と言いながら夫と味わいつつ、でも、美味しいものって分けたくなるよね〜と納得していました。
きっとこれもスローフードですよね。
Pochiさんに感謝&大地の恵みに感謝です。


夜、県立美術館に行ってきました。
結構遅い時刻に行ったのですが、駐車場はほぼ満杯。それもそのはずで、ロダン展をやっていたのです。他県ナンバーの車も結構停まっていました。
有名な「考える人」は無かったのですが、普段あまり見ることのない彫刻をじっくりと堪能しました。

いつも思うのですが、何もなかった空間に何かを生み出す芸術って、本当にすごいと思います。芸術家には物を生むエネルギーが溢れているのだろうな、と改めて感じました。

そして、人は誰でもそんな力を持っているんじゃないかな、とも思うのです。
何故かというと、言葉を発したり、動いたり、生きていることそのものが自己表現だと思うからです。

目に見えなくても、誰かに向けた言葉はその人の心に残るでしょうし、形に残らなくても、自分の姿は誰かの目に記憶となって焼き付くでしょう。
何気なく毎日を暮らしていくことが、実は、彫刻家がこつこつと素材を彫っていく作業と似ているのかもしれません。

自分自身、日々、前に進んだり、戻ったりするような気もしますが、少しずつ余計な物を削ぎ落とし、自分の形を生み出しながら、「続けていこう」と思うのです。

「岩に穴を掘る雫のように辛抱強く」
―以前から好きだったロダンの言葉ですドコモ提供
posted by サトウマリコ at 22:13| Comment(0) |
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